好きな人の大切な人だから、当たり前みたいに君は僕の大切な人になった。
短いような長いような交流の途中。本当に手に入れたかった月子は残念だけど他の人の手を取った。僕等はこの先もずっと月子の幼なじみとして、彼女の背中を見守っていく。
不思議な程穏やかな失恋で多少の痛みはあれど荒んだり相手を恨むような気は起きなかった。
月子が幸せであれば良い。そう思えることが、きっと僕等の幸せだった。
同じ気持ちを、他者と分かち合う来る日が来るなんて、正直昔の僕じゃ信じられないことだった。心から他者を信じる。そんなことをするに値する人間なんて、この世には家族と月子だけ。割り切ったつもりがそうは綺麗にいかなくて。余った部分までちゃんと掬いあげてそして僕は漸く手に入れた。
友達、手にしたのも、手放したくないと思ったのも、これが初めてだった。

「ねえ哉太、出掛けようよ」
「あ?何処にだよ」
「何処へでも。こんなに良い天気なのにさあ」

久しぶりの日本。訪ねたのは星月学園ではなく哉太の実家。だって今は夏休みだから。
月子は弓道部の合宿で、いないけど。応援には錫也と哉太の三人で明日行くって決めている。
だから今日は一日中予定がない。哉太はお気に入りのデジカメのフォルダの整理。
普段なら、哉太の一番生き生きした時間の邪魔にならないよう、こういう時は昼寝をするようにしているのだけど、夏はそれが難しい。
冷房の効きすぎた部屋では体調を崩すし、蒸し暑い部屋ではまず眠れない。
そして何より、今日は何処かへ出掛けたい気分だったのだ。

「遊んで来いよ」
「僕はこの辺の土地勘ないよ」
「あってたまるか」

パソコンに向かい合う哉太の僕への応対は酷く雑。そんなことに噛み付く程浅い付き合いでは無いんだけれど。やっぱり外の日差しは僕を魅了する。暑さを伴わない光はいつだって綺麗だ。
錫也の家に、遊びに行こうか。哉太の家に来る途中で教えられた錫也と月子の家の場所は、ちゃんと脳内にインプットされている。
問題は、錫也が今彼の家にいるかどうかだ。電話して聞いてみようと思い携帯を探すが見当たらない。そういえば、リビングのコンセントで充電しているんだった。
仕方ない。面倒だけど取りに行こう。
のらりくらりと立ち上がり、携帯取ってくる、と告げて哉太の部屋を出る。返された気のない応答に、これじゃあ彼女が出来ても長続きすまい。余計なことを考える。
リビングに向かう廊下。ふと目に留まる宅電。ちょっとした好奇心で受話器を取りアドレスを開けば、目当ての人物の名字。そしてそのまま発信。数回目のコール音で相手が受話器を取る。

『はい、東月です』
「もしもし、僕だよ」
『……、ん?』
「僕がわからないの、錫也」
『羊?』

正解、悪戯が成功したみたいに笑う。錫也は呆れたみたいに笑っているだろう。哉太が構ってくれないから、錫也の家に遊びに行っても良いか。尋ねれば、錫也は笑ってお菓子を用意してまっていると言ってくれる。錫也のお菓子に釣られて直ぐ行く!と言い残して電話を切る。ドタドタと足音を鳴らして哉太の部屋へ戻れば案の定煩いと注意されるが今はもうそんな小言にも付き合ってられない。

「錫也の家にお菓子食べに行ってくる!」
「はあ?」
「哉太が構ってくれないから、錫也と遊んで来るね!」

再びドタドタ音を立てて階段を下りて玄関へ。背後からは哉太の足音。哉太の足音も充分煩い。

「待て羊!俺も行く」
「お好きにどうぞ、でも待たない!」
「ふざけんな!」

哉太のサンダルを引っ掛けて外へ出る。明るい日差しは想像以上に暑い。それでも駆け出した足は止まらない。後ろから追いかけてくる哉太の足も、きっとそう。
そして錫也は、僕たちの為に美味しいお菓子と冷たい飲み物を用意していてくれるんだ。僕と錫也と哉太の、三人分を。







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