幸せってなんだろう。人間とは違う自分には、恐らくこれからさきも悠久に近い時間が待っている筈。その中で、自分は何に幸せを感じ見出し生きていくのだろう。そうふと疑問に思いながら、ベルギーは今日もお茶会のお菓子を用意しながら、キッチンにある窓から空を見上げたりしている。いつだって明確な答えは出せないまま、四人分のお茶菓子を用意するのも日課になりつつある自分に、苦笑してしまう。スペインとロマーノと自分と。オランダは一緒には食べないけれど、彼のお茶菓子を用意するのも、ベルギーは決して忘れない。
最近、スペインの家にやって来た小さな居候は、最初会った頃の、無駄に広い屋敷に慣れなかった様子から一変、我が物でこの屋敷を闊歩している。そんな彼に一々手をこまねいて振り回されるスペインと、そんな自分を笑いながら眺める自分。それが当たり前になってしまった事に、ベルギーはただ静かに佇んでいるしかできないでいた。

「何だか、家族みたいだね、君達」

少し前に尋ねてきたフランスが無意識になのか呟いた言葉。私達と同じでありながら、なんて酷な言葉を吐くんだろう、とベルギーは思った。そして一番酷いのはそんな言葉に一瞬でも甘い幻想に浸ってしまったベルギー自身だった。自分を生かしてくれる人々が、自分が生かしている人々がいると知りながら。一体どうしてそんな未来を選べると言うのだろう。スペインの元に来てからずっと。いつかいつかと、私自身の在るべき場所へ帰る日ばかりを夢見て来たと思っていたのに。自分は自分で思うよりずっとスペインと云う人物の元に馴染んでしまっていたのだと、フランスの言葉でベルギーは漸く気付いた。そしてその日から、ベルギーは自分の幸せについて考え込むようになった。

「ベルギー、今日のおやつ何なん?」
「…、スペ…イン」
「お、今日は珍しくチュロスやん!って、ベルギー?どないしたん?どっかしんどいん?」

はて、自分は今一体どんな顔をしているのだろう?スペインに心配されるような顔を晒しているのだろうか?ベルギーは自分の顔をぺたぺたと触ってみる。その指先は菓子作りの為に砂糖まみれだったが、それ以上に、ベルギーは自身が泣いていた事に驚いた。成程、これはさすがのスペインも驚いて心配するに違いない。

「なあ、スペイン」
「ん?」
「なんで、ウチの幸せは、此処にはないんやろ?」

スペインがの顔が、いつも陽気に笑っている彼の顔が。はっとしたように悲痛に歪むのを眺めながら、ベルギーは、泣いていた。嗚咽も漏らさない静かな涙は、作りたての菓子の上に落ちた。それを拭う者など、此処にはいない。
ベルギーは、いつか自分は此処から離れなくてはならないのだと、無意識に確信していて、きっとそれは間違いではない。それが国である自分の保つべき意識だとも思う。だから、こうして四人分のお茶菓子を用意する日々を幸せなんて呼び浸かってしまってはいけないのだと自分自身に言い聞かせる。しかしそう言い聞かせる時点で自分はこの場所に一時でも幸せを見出してしまったという証拠だ。

「ずっと一緒は、無理やもんなあ」

諦めたように呟くスペインは、泣きそうだけれど、決して泣かない。泣けないのかもしれない。強大であればある程、弱さを見せる相手などそうはいないのだ。そして残念ながら、自分はスペインにとってそんな相手にはなれないのだ。

「ずっと、一緒がいいのになあ」

そうだね、なんて口が裂けても言えない。だけど、スペインの言葉を聞いた途端に溢れたさっきよりも大粒の涙に込めた答えを、スペインが気付いてくれたらいいなあ、なんて願う事は果たして傲慢な事だろうか。そんな事を考えながら、ベルギーはもう一度、砂糖にまみれた指先で目元を拭う。自分達に懐いている小さな居候が、二人を捜して、このキッチンに駆け込んできてしまう前に、いつもの様に笑えるようにならなくてはならない。少なくとも、今の自分は不幸なだけではないのだから。







- ナノ -