握りしめた手は、思った通りの子供らしい柔らかさを持った小さなものだった。鈍さんによって数時間だけ、という名目で明日葉の元へ預けられた操は、先程から何を言うでもなく明日葉に手を引かれるままにとぼとぼと歩いている。
秋から冬へと向かう気候は、段々と寒々しい風を運んでくる。明日葉の右手は操の左手と繋がれている為温かい。初めて会った時はまるで人間味を感じさせないくらい冷え切った、人形の様な表情しか見せなかった彼女の子供体温に、明日葉は少し安心感を覚えた。

「操ちゃん、寒くない?」

明日葉の問いかけに、操は一つだけ頷いた。はてさて、これは寒いのか寒くないのか。口下手な明日葉はこうした時に妙に日本語の不便さを痛感してしまう。聞き直す度胸と間を測り損ねた明日葉は結局繋いだ手に力を少し籠めるだけに留めた。仮に操が寒がっていたとしても、結局今の自分にはどうしようもない。

「操ちゃん、どこか行きたい所ある?」
「……?」
「あ、そっか。操ちゃんはこの辺に何があるのか知らないよね」

度々訪れる沈黙に音を上げるのは毎度明日葉の方だった。そして機械的な問いかけを操に投げかけてはその返事にたじたじするのも明日葉だった。これではかつての操を人形の様だと称した明日葉の方がよっぽど人形の様だった。
明日葉には妹がいるが、操は妹とは同じ年端の女の子にしては明らかにその存在感を異としていた。大人っぽいとはまた違う。時折見せる子供らしさは紛れもなく操が取り戻し始めた自分らしさであった。

「お兄さんは、」
「ん?どうしたの?」
「操が、嫌いではない?」

見上げる大きな瞳は、一点の曇りもなく明日葉を射抜く。澄んだ瞳の奥にあるのは隠されも忘れ去られもしない二人の出会い。父親の為に一度は壊れた心と歪んだ愛情で鍛えられた身体は容赦なく明日葉を嬲った。その事を、明日葉も、操自身も決して忘れ去ったりはしていない。自らの口からあの日の出来事を語ったりはしなかった操が、初めて明日葉に投げた言葉は、本当に小さな疑問。

「操は、お兄さんを、殴ったのに」
「操ちゃん」
「お兄さんは、どうして、操とこうして手を繋いでくれたり、優しい言葉をくれるんですか?」

純朴な疑問だとは思う。けれどそんな事は、歯牙にも掛けなくて良いようなことなんだよ、と思う。痛めつけられたから、嫌いになる。この計算式は、きっと簡単に成り立つ。だけど、自分を傷めつけながら、その内側に自分以上の傷を抱えなければならかった、幼い身体と心には大きすぎる負担にこの小さな少女が耐えた事も、明日葉が確かに知っている事実だ。そんな健気ともいえる操を、明日葉はどうしても嫌いにはなれなかった。

「操ちゃん、」
「……?」
「僕は、操ちゃんともっと仲良くなりたい」
「!操と?」
「そう、だからこうして手を繋いでみたり、言葉を重ねてみたり、するんだと思う」
「操も、」
「ん?」
「操も、お兄さんと、仲良くなりたいです」

そっか、の言葉と同時にまた繋ぐ手に力を込める。今度は操からも小さく握り返される。再び訪れた沈黙に、今度は少しも気まずさを感じない。ほんの僅かな言葉を重ねただけで、ここまで歩み寄れる。口下手な明日葉は、今確かに言葉の持つ力を感じて小さく微笑んだ。繋いだ手は、変らず温かい。






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