冬の空気は好きじゃない。冷たいだけならまだしも、痛いくらいの冷気は隠しようもない赤也の顔面を容赦なく刺す。もう暗い帰り道、きんきんする耳とひりひりする頬の感覚に眉を顰めながら、気付けば自分より数歩先を歩いている柳の顔を見つめる。
赤也と同じ様に冷気に晒されている筈の柳の顔は吐く息こそ寒そうに白々としているが、その表情もいつも通りの冷ややか、涼しげなままだった。
だから赤也は、柳には冬は似合わないと思う。雪なんかが降った日にはそのまま柳が消えてしまいそうで怖かった。自分達にはあの熱い夏の日々が在ればいい。あの熱気の中に凛と立つ姿が柳のあるべき姿だと赤也は勝手に思っていてまた確信している。

「柳先輩、手」
「手がどうかしたか」

ん、と差し出した赤也の手を作り物の不思議そうな顔で見つめる柳はどこか楽しそうだった。普段遠慮も物怖じもせずに不躾な言葉を吐く赤也が、自分にだけ偶に遠慮と怯む気持ちを含んで言葉を紡いでいる事を、柳はちゃんと知っている。それが関係の後退ではなく前進から現れる不安だと云う事も気付いている。
きっと赤也も、柳が自分の言いたい事を理解しながらもそれでもちゃんと赤也自身の言葉で全てを伝えるのを待っているのだと気付いている。それでも上手く伝えきれない言葉ばかりを選ぶのは、やはり赤也が柳を好きだと思うからだ。

「手、繋ぐ、繋ぎたい、です」
「そうか」

下手くそな敬語と日本語は、相手が柳であるからこそ生まれ正しく柳に届く。こんな曖昧な距離感にある確かな繋がりを見つけてはお互いに無意味な安心を得るのだ。
早く早くと生き急ぐように日々を過ごす赤也を、柳はただ眺めていた。赤也が埋めたくて仕方ない一年と云う自分達を隔離する壁を壊したくて仕方ないとでも云うように。だから柳は赤也を待つ事に長けてしまったのかもしれない。
焦らなくても良いのだと、本当は伝えてやりたかった。焦らずとも時間は赤也の上に悠久に近く無限の可能性と共に降るのだろう。そして赤也はきっとこの先目まぐるしい速さで成長するに違いない。ほんの一年後にだって、きっと。それでもそうなった時に赤也がまだ自分の事を好いていてくれたのなら、自分も嬉しいと思う。いつか赤也が自分と並んで歩けるくらいに歩み寄れた時には告げてみようか。案外自分も馬鹿みたいに赤也の事が好きなんだと。そこに確率なんて割り出すまでもないと思う自分に笑ってしまう。
「柳先輩の手ぬくいっすね」
「赤也の手が冷たいからな」

内心、赤也は柳の手がちゃんと熱を持っていた事にほっとする。渡し合う熱の存在に胸がじん、と痛む。最近は来年の冬はこの熱を自分の傍に繋ぎ止めて置く事が出来るかどうか、不安ばかりが先立って随分幸せがこんな単純なものだという事を忘れていた様な気がする。
赤也には一年という差が絶えず自分を押しつぶそうとしている気がして、ひどくもどかしかった。柳に向けて対等にあれる様に正しい言葉ばかりを選ばなくてはいけない気がして焦って下手くそな会話ばかりを繰り返した。自分には理解できない部分の存在が怖くてわざと柳の邪魔をしたりなんかして、少し呆れた顔を向けられたりすれば訳もなく安心したりもした。
だけどなかなか、自分達にはこの距離感と云うものがぴったりはまっている様な気がした。追いかけるのは得意な方だ。

「柳先輩は俺が守ってあげるっすよ!」
「ふむ、俺は別に誰にも狙われたりはしていないが」
「……。寒さから、とか?」
「そうか」

少なくとも、最期の時なんかまだきっと来ない。






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