夕陽と夕闇が混じり合う時間帯。
伸びた影を踏みつけては、あの人を繋ぎとめて置きたいと願った。


巡る季節が、何故だか凄く早く感じる。それでも、その流れに自分が置いて行かれるなんて虚しい妄想に囚われたりはしなかった。
走り抜けた時間と思い出を背に新しい場所へ進む。
年齢も性別も関係無く。人間であるならば、人生とはそうしたものであると、リョーマは信じていた。

「アメリカに、帰る」

告げた時。リョーマは自分で自分の言葉に驚いた。短い時間ではあるけれど、自分は青学に根を張り居着いていると思っていたから。
だけど自分は、帰る、と言った。
結局、自分の拠る所は、此処では無かったのかもしれない。
そしてきっと手塚にとっても、青学と云う場所は一つの巣であり通過点に過ぎないのだろう。
まだずっと先の話。そう茶化して話を終わらせたのがまるで昨日のことのようだった。
気付けば季節は秋を過ぎて冬は終わり春の始まりまで時間は経っていた。
思い出の場所であるテニスコートに、手塚と二人でやって来ては見たけれど、無人の其処は夕闇と影に当てられてやはり物寂しい。
卒業する訳でもなく此処を去る自分に、何の感慨も無いかと言われればそんなことはない。
感情表現が、年相応ではなく貧相なのは知っている。
だが表現されずとも内にある感情は確かに脈々とリョーマの身体を絶えず巡る。

「寂しい」

この夕闇も、季節も、現実も何もかも。
伝える気などないから、だけど永遠にもしたくなかった。そんな気持ち。
それはきっと大人になりたくないと願うことに似ている。

「部長は、寂しいとか知ってます?」
「どういう意味だ」
「思われてばかりなんじゃないか、ってこと」

いつだって、彼は。追い掛けられるばかりの存在で。置き去りにしてばかりの人のように思えた。例えば、リョーマがその背中に言葉にはしない尊敬を抱いて見詰め続けたように。とっくにその座をどいた手塚を、未だ部長と呼んでしまうように。
未練などとは、程遠い位置にいる人だと思えた。嘗ては自分もそうだと思っていた。
だけど、この場所で過ごすうち。確かに自分は心身ともに強くなった。だけど少し、感情の栓が緩くなってしまったのかもしれない。

「部長は寂しい?」
「まだ分からん」
「俺はいつだって寂しい」

泣きたいくらいに寂しいよ。だってまだ子どもだもの。
都合の宜しい励まし文句なんて気の利いた言葉、手塚は決して与えてくれない。
多分彼は将来自分の子どもが転んでも自力で立ち上がるまで見守るタイプだ。
関係ないことを考えて必死に堪える何か。
だがそれは、たった一歩手塚がリョーマとの距離を詰めただけであっさりと決壊した。
ぽたり、と落ちたのは涙。だけど一滴のみ。それだけだった。

「変なの」

こんなに寂しくて苦しいのに。溢れる涙はこれっぽっち。
だけど嘲笑う気にもなれなかった。
泣けただけ上出来だろう。
隣で眉一つ動かさない彼よりは随分人間らしい。
忘れないでなんて言わない。だって忘れさせないから。だからせめて、今踏んだままの俺の影を、どうか逃がさないでよ。







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