真新しいノートを手にしょげ返っている金太郎は先程からしきりに俺に頭を下げている。確かにそれは俺の新しい英語のノートになる筈だった物で。そしてそれを手に金太郎が俺に謝り倒すと云う事はつまりコイツはそのノートに何かしてしまったに違いない訳で。

「堪忍やで光」
「まず何をしたのか説明しいや」

苛立ちも隠さず問い質せばびくりと金太郎が肩を揺らして手にしていたノートをこちらに差し出す。見れば真新しいと思っていたノートは既に中の肝心なページがずたずたに破れていたり汚れていたり。これでは到底使い物にならんし絶対使わん。別に何処にでも売っている安物のノートだから、特別損をした訳でもない。それでも一度も使っていなかった物を他人にダメにされると此処まで腹立たしく思う。今更だが、俺は結構心が狭い。そしてやはり前のノートを使い終わった時にルーズリーフに変えておけばよかった、と後悔する。そして授業時にノート提出した際に見辛いから先生ノートで提出してくれた方が良いなあなんて暗にルーズリーフなんてみる側が面倒なんだよわかってんだろうなと告げた英語の女教師にまで腹が立ってきた。

「部室の机にな、このノートあってん、誰のやろー、って手に持ってたら白石に呼ばれて走って行こー思たら転んでん」
「なんで俺のノート持ったまま走り出すねん」
「忘れとったんや」

ノートを置く事をか。それとも自分のそそっかしさをか。自分が部室にノートを出しっぱなしにしていた事もまあ問題だが何にしたって金太郎が悪い。どうせこのミスを直ぐに謝りに来たのはその白石部長に促されたからに違いない。悪意の欠片も持たない金太郎は悪事を悪事と気付かない。精々漫画やアニメに登場する悪役の蛮行程度しか悪事とは思っていないのだ。人の機嫌の機微を察知する能力を欠落させていると思いきや今みたいに本能的に俺の怒りを察知して怯えてみたり。扱いにくいこの後輩を、他の先輩達はとんと甘やかしている。言う事を聞かない金太郎に何故餌を与えて釣ろうとするのか、甚だ理解に苦しむ。こんなクソ餓鬼は一発ぶん殴れば大人しくなるのだ。少なくとも、自分はそうしてきた。それこそお互いが小学生の頃からだ。
未だに此方をちらちらと窺う金太郎に腹の底から溜め息を吐く。安物のノートなんか買うんじゃなかった。もっとしっかりした高いノートを買っておけば遠慮なしに金太郎を怒鳴れたのだから。
だからノートを部室の机に置いた俺は勿論、それを手にとって眺めていた金太郎だって別に悪くはない。悪いのはそんな金太郎を呼びつけて焦らした白石部長で、俺の機嫌が悪くなるのを承知で金太郎を一人謝りに寄越した白石部長だ。よってノートの弁償代はあの人に請求する。支離滅裂だなんてそんな事くらい知ってるけど。






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