謙也君は、俺の先輩だった。それは、周知の事実、そして越えられない現実だった。人付き合いの多い、また人懐っこい謙也君は勿論只の部活の後輩である俺にもそれは良くしてくれる。頼んでもいないのに、人のクラスの前を通る度に話しかけてきたり、部活終りに一緒に帰ろうと誘ってきたり。元々社交的じゃない自分には、しかも相手が先輩と云う事もあって、どう応対すれば良いのかよくわからないことばかりだった。
だけども、そうして戸惑っている俺を見かねたらしい白石部長が謙也君に財前困っとるやろ、と言って、話しに割り込んできたり謙也君を連れて行ってしまうのは、若干腹立たしい様に思われた。
謙也君は今俺と喋っとるんですけど、なんて反論何かしてみれば、きっと俺はお前どんだけ謙也の事好きなん、と部長からは勿論、他のレギュラー陣からも笑い草にされるに違いない。だから、言わないけど。言いたいけど。

「財前、ざーいぜーん!」
「聞こえてますけど、」
「返事が遅いねん、財前は!」
「誰もかれもが謙也君みたいに光速に魅力感じとらんのですわ」

遅いよりは速い方が良いやろ、と喚く謙也君の言葉に、少しだけ同意。一年遅く生まれるくらいなら、もう一年早く生まれたかった。謙也君と同級生になりたかった。そうしたら部活の仲間、友達、ひょっとしたらクラスメイト、今より謙也君との繋がりが増えるんじゃないか、と女々しい想像にこっそり溜息を吐く。

「謙也君、もうちょい遅く生まれとったら俺と同級生やったんやな」
「なんや急に。そんなに俺と同級生になりたかったんか、」
「別に、そうしたら謙也君に敬語使う面倒が省ける思っただけっすわ」
「なんちゅー言い草や!」

面倒、というよりも義務みたいな、壁。それが嫌なだけだ。別に謙也君の事だから、俺が急に敬語を使わなくなっても、多少の文句だけで許してくれそうなものだ。だけど、それをする勇気は、俺には無い。謙也君と同じ立ち位置にいたいと願いながら、結局自分から踏み込んでいく事なんて、俺には出来ないのだ。

「……あと一年早く生まれたかったすわ」
「……?どないしたん。財前はそんなに俺達先輩が好きか!」
「…………」
「せめてなんか言えや」

先輩達、ではない。謙也君が、好き、なのだ。言ってやろうか、もういっそ。好きって伝えて、手を握って、やかましいその口を塞いでやろうか。浮かんだ陳腐な妄想は、結局一つも実行に移されない。だってきっと逃げられてしまう。自分の足ではまだ彼に追いついて捕まえる事は出来ないから。だから、今はこうして謙也君のより深くに入り込むようにして、息を潜めて待っている。







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