嘘は吐かない方がいい。相手の為ではなくて、自分の為に。
そう、いつも以上に真剣な瞳で語りかけてくる柳生に、仁王は眉を顰めて顔を背ける。詐欺師の二つ名を持つ自分に、そんな事言われても、困る。鬱陶しい訳ではない。柳生の善意を有り難く思うから、その言葉に何のリアクションも返せない自分が純粋に申し訳ないから、困る。黙りこくったままの仁王に、柳生はただ笑ってその話題を無かった事にした。柳生の瞳が笑っていたかどうかは、彼から顔を背けていた仁王には分からなかった。

「冬が来ますね」

部室の窓から見える空を見上げて、ぽつりと柳生が呟いた。今度は仁王もそうじゃのう、とだけ返す。部活を引退しても、三年レギュラー陣は頻繁に部活に顔を出していたが、自分達は引退した、という観念を持ち出す真面目な柳生と、自分達は引退した、という言い訳を持ち出す面倒臭がりの仁王は、誰かに誘われないとなかなかテニス部に顔を出さない部類の人間ではあった。今日は偶々、先日二人でいた時に新部長となった赤也が現れ、薄情者っす、という失礼な言葉と共に招かれた為に二人で部室で着替えていた所だ。聞く所によると、丸井等は逆に赤也に鬱陶しがられるくらいテニス部に入り浸っているようだ。幸村や真田や柳等は余裕で付属高校への推薦が貰えるだろうが、果たして丸井は大丈夫なのか、紳士な柳生は疑問に思い心配する事はあっても、口に出すという無礼をする事はなかった。仁王はあっさりブンちゃん勉強せんと高校行けんよ、と言って丸井を怒らせていたが。
二人がテニス部に来るのは久しぶりの事だった。お互い同じ理由を抱えていたが、本人同士は勿論、他の人間もその理由を知らなかった。否、もしかしたらあの勘の良い元部長と、情報収集が得意な参謀辺りなら、知っていても不思議ではない。仁王も柳生も、その理由を言葉にしようとは思っていなかった。だが、そろそろ言葉にしなくてはならないのだろう。少なくとも、今目の前にいるこの人にくらいは。

「……のう、やぎゅー」
「何ですか?」
「俺、高校立海行かん」
「……そうですか」

返された言葉は予想通りだったけれど、予想よりも幾分冷たかった。仁王は柳生の顔を見ない。存外臆病な仁王は、真剣な話であればある程、目を逸らしたり顔を臥せたりする事が多かった。柳生はそんな仁王の態度を、一度も話題に取り上げなかった。真田の様な真っ直ぐな人間には怒られるであろう仁王の態度も、柳生は一度だって責めたりはしなかった。そんなささやかな優しさが、仁王は結構好きだったのだ。

「仁王君」
「……」
「私も、高校は立海ではないんですよ」
「うん」

何となく、そんな気がしていた、と視線を向ける事で柳生に伝えてみる。彼は、医者になるのだろうか。それは、分からないから考えない事にする。柳生は笑ったまま、もう一度冬が来ますね、と言った。仁王は今度は返事をしなかった。柳生の言葉は、冬が終われば春が来ますね、と同義で、またさよならですね、と同義であった。だから仁王は嘘を吐いた。分からない振りをした。それはきっと、自分の為だ。






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