喫茶店で向かい合って座る山本とハルの間に、二人が注文した品が届けられるのに大した時間は要さない。コーラとフルーツタルトと紅茶のセット。部活を終わらせた後、そのまま待ち合わせ場所に走ってやって来た山本に、ハルはしきりに何か食べた方がいいと勧めるのだが、喫茶店のメニューでは腹が結局満たされないで終わるから、と山本はその誘いをやんわりと断った。質より量らしい。あれほど毎日美味しいご飯を食べておきながらそれはないだろう。そう思いながらも、今目の前に運ばれてきたケーキを早く食べたいという欲求にその追及は音となって山本には届かなかった。口にした所で、彼の笑顔を崩す事など出来ないのだとハルは知っている。

「美味い?」
「とってもデリーシャスです!」
「ん、良かったな!」

ハルは食べ物をいつも美味しそうに食べるから好きだとは、いつかの山本のハルへの評だ。確かにハルは美味しいと思いながら食事を摂るようにしているし、その感情が表情に出やすいタイプである。だからといって運動をした直後の空きっ腹の状態で、目の前でこれ見よがしに美味い美味いと食事をしている人間を前にしても同じように思うものだろうか。
気になってタルトにばかり落とされていた視線を少し上方にずらして山本の顔を盗み見ればいつも通りニコニコと笑っている。じっと見られている居心地の悪さに視線をそらせばふと山本の注文したコーラのグラスが目に入る。浮かび始めた結露を眺めながら考える。

「山本さんは楽しいですか?」
「ん?」
「ハルばかりがお腹を満たしているのを眺めているのは果たして楽しいのですか?」
「楽しいぜ?」
「即答ですか…」

山本の視線は、いつだってハルにむず痒い感覚を齎す。視線の送り主が獄寺であったのなら喧嘩売ってるんですかと意識を散らすことだって出来るし、ツナであったのなら何かと尋ねれば彼は慌てて視線を外すだろう。けれど山本は、喧嘩を売っているのかと尋ねれば違うと答え、何かと尋ねれば別にと答え、結局そのままハルから視線を外そうとはしない。その視線は確かに温かいのだがその中に含まれる熱の名前をハルは言い当てることが出来ないでいる。
こうして二人きりで食事をしていても会話が弾むとかそういったことはなくて只山本はハルを見ている。そしてそれだけで山本は妙に楽しそうで、ハルはいつだってむず痒い。
だけど山本といる時間が気不味いかと問われればそんなことはないと即答するだろう。ハルは、山本が嫌いではない。友人として、性別なんて度外視して、好きだと思っている。
山本もまたハルが好きだった。部活の後、空いた腹を満たすこともせず、休日の自由な午後を馴染みの男友達と遊ぶこともせず。値段と質と量が見合っていないような喫茶店まで駆けてくるのは、そこにハルがいるからだ。ただ、山本の場合、ハルに向ける視線の中に籠っている自身が放つ熱の意味をしっかりと心得ている。恋情を込めた視線は真っ直ぐハルを射抜くから。だからハルはその熱を受け入れられずに視線を下に下げてしまうのだろう。悪意とは違うから、拒むほどの危険は感じていなくとも、本能はいつだって人間を従順に守るものだ。

「なあ、この後どうする?」
「はひ、山本さん何処か行きたい所はありますか?」
「特にないなあ」
「じゃあツナさんのお家に行きましょう!きっとみんないますよ!」

そのみんなとは一体誰のことなのだろう、と思う。二人で一日の大半の時間を潰せるほどまだ自分達は親密ではないのだと分っていてもそれをハルから突き付けられると若干へこむし頬が引き攣りそうになる。
ツナの自宅を中心点として輪を描くように広がる世界の中で出会った二人はそこから出られない。ハルは出ようと思わない。未だ幼いハルは除者にされることを嫌がる。山本もまたいい気分はしない。けれど個人個人がもつ時間と空間を他人が所有することが不可能なように、プライベートという言葉を用いて他者をシャットアウトする時間だってまた必要なのだ。例えば、山本がツナたちとの友情を抜きにしても野球という一つに情熱を注ぎ続けているように。例えば、ハルを綱吉たちから引き離して自分だけの物にしたいと願っているように。

喫茶店を出れば暖房で暖かかった店内とは違い真冬の風が頬に当たる。此処からツナの家までは少し距離がある。体温を逃がさないように状態をコートごと丸まるように震わせるハルは急ぎましょう、とどこかご機嫌なようだった。これがタルトが美味しかった名残であればいいと思う。間違っても、これからツナの家に迎えるからだとは思いたくはない。

「山本さん、途中で何か食べ物買っていきますか?」
「別に大丈夫だぜ?」
「でも何も食べていないでしょう?」

友達の家に訪ねて行くのだから、結局は何か買っていかなくてはならないだろう。それでも自分の体調を慮る為だけにハルが今の言葉を発してくれたことが、一々山本を喜ばせる。それだけで十分なのだ。美味しそうにタルトを頬張るハルを眺めたり、自分の視線から逃げることも出来ずに惑っているハルに更に視線を送り続けたり。こうしてハルが自分のことを気にしてくれるハルがいるだけで。今の山本は満たされる。こんな時だけ、山本は自分の単純さに感謝したくなる。

「お腹空いてないんですか?」
「空いてるけど」

でもハルが食べたいなんて言ったら今は真昼間だし、ここは人通りの多い道端だし、何よりハルはエロいのは駄目だって言って俺を置き去りにして怒って行ってしまうだろうから、食べたいなんて言葉は、今暫くお預けしておこうと思うんだ。そんな山本の心情を、やっぱりハルは知る由もなく、今日山本に御馳走になったタルトは本当に美味しかった等と考えている。本当に美味しい思いをしたのはどちらなのか、それはまだ、ハルの知る必要のないことだった。






- ナノ -