1.砂浜に描いたLOVE

わざわざ二人で海に出掛けたりはしない。当たり前過ぎるその場所へ出向くのは大概一人ぼっちの時だ。誰も拒まないその存在に癒されるなんて都合の良い言い訳や逃げ場所。上手く言葉に出来なかった愛の言葉を指で砂浜になぞる。字面だけを眺めてもそれは只の文字のまま。それを音に乗せるだけで人の心を動かす力を持つのだから不思議だ。
穏やかに届く波が今書いたばかりの文字を攫う。
それでも俺の中の気持ちは攫われずにいつまでも残る。君は今何処にいる?


2.裸足で駆けるきみ

海はいつだって私達を抱き締めてくれる母の様な存在。だから此処に住む人達も同じ様に海を愛す。整備されてはおらずとも美しいこの砂浜に降ろす素足に危険など在りはしない。日中に照りつけた太陽の熱を微かに残す砂が私の足の裏から伝わって、やっぱり抱き締められているかの様な錯覚を起こす。大丈夫、勇気を出して。呟いたのは、自分。駆け出した足は砂浜とは思えない程軽やかで自分でも驚く。
彼は今何処にいるんだろう?


3.波の音を聴きながら

何となく、ヘッドフォンを外して波の音に耳を傾ける。美しい音色だと思う。少しずつ色を変え始める空も、その全てが調和して一つの世界となる。そしてその中で、確かに自分は生きている。不意に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして辺りを見渡す。それは決して錯覚などではなく。此方に向かって駆けてくる彼女を見つけて俺も駆ける。波の音が、絶えず俺の背を押して囃す。ヘッドフォンを外していて、本当に良かった。


4.朱に染まる水平線

勢いに任せて名前を呼んで、それに気付いた彼が私と同じ様に駆け出してくれた事が凄く嬉しい。確実に詰まる距離をゼロにして抱き付けばお互いから少しだけ潮の香りが漂う。同年代の平均身長を遥かに下回る私の背では、彼のお腹までしか届かない。
珍しくヘッドフォンを外している彼を見詰めると同じ様に私を見詰める彼と視線がかち合う。
つい恥ずかしくなって逸らした視線の先には夕陽で赤く染まった海。
もしも今、私の顔が真っ赤だとしたらそれはこの海の赤が私に映っているからに違いない。


5.海だけが見ていた

二人だけの空間が此処にある。だけど会話はなくて沈黙の中に自分の心音だけが大きく響いている。優しく波は落ち着きなさいと諭す。
屈めた背によって近付いた顔を、今度は彼女も逸らさないから。だから自分だって止まらない。
いつだって都合よく生み出せる言い訳は今初めて正しい思いを導いて届けた。重なった二人の全てを見届けた海は明日も変わらず此処にある。そしてそこには、手を繋ぎ佇む自分達の姿もあれば良い。


海辺の恋に5題

(C)確かに恋だった
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