※カッコいいフィディオはいません。

さて、今俺の目の前で、どこぞのイタリア紳士よろしく巨大な薔薇の花束を俺に向って差し出しているこの男について話そうか。
彼の名前はフィディオと言って、イタリア代表の副キャプテン。顔はかなりのイケメンで、一緒に歩いていたりしても周囲の女子から羨望と好意の眼差しを受けまくっている。そしてその度に「マモルは俺が守るから安心して!」と謎の宣言をしてくる。成程、イケメンの隣りを歩くというのは男であっても危険な事なのかもしれない。しかしそんな事気にしていたら、俺はほとんどのチームメイトの隣りを歩けないことにならないか。そう反応すれば「他の男の話なんて聞きたくない・・・」なんて言い出す始末。そうか、確かに殆ど知らない人間の話をされても詰まらないよな。しかし涙目になるほど酷い事を言っただろうか。
そして別れ際、フィディオは毎度毎度寂しそうな顔をしながら俺の両手を握ってじっと見つめてくる。最初はイタリア人はこういうものだ、と思っていたのだが、最近では些か顔が近過ぎやしないかと思えてくる。そして長い。フィディオは多分、俺に何か言いたい事があるのだろう。何かを言い淀んでは口を閉じ、恥ずかしそうに顔を赤くして背ける。いくらフィディオがイケメンでも、奴が男である以上正直気持ち悪いと思う時も無きにしも非ず。いや、無いぞ?ただ変な奴だなと思うくらいだ、本当に。
ある日、フィディオは俺の事が好きなのだと言った。当然、俺もフィディオは良い奴だと知っているからありがとう、と返事したけれど、フィディオはそうじゃないと言って聞かない。いくら説明されても、フィディオの好きが恋愛的なモノだとは解かるのだが、何故そんな感情を同じ男の俺に向けるのかが理解できなくて、俺は終始首を捻るしか出来なかった。フィディオは相当へこんだようだけれど、そこはポジティブなイタリア人、舞台役者か、と突っ込みたくなるくらい、スポットライトを浴びて打ちひしがれていたフィディオはばっと立ち上がり、「俺、マモルに伝わるまで頑張るよ!」とまた謎の宣言をしてその日は走り去っていった。夕陽が綺麗な日だった。
それからというもの、フィディオはほぼ毎日俺に会いに来て「好き」だの「愛してる」だの甘ったるい声で囁いてみせるのだ。周囲が不思議そうな、何言ってんのコイツみたいな目線で見てくる事は別に気にならない、しかしコイツ頑張るなあ、と他人事のように考える俺は、もしかして冷たい人間なんだろうか。でも仕方ないじゃないか。初恋すら、わからないのだ。女の子にときめいた事すら無いのだ。どうすれば、男にときめけるのか、分かる筈無いだろう。
今日、自主練をしようと宿舎を出ると途端に視界が赤、赤、真っ赤っか。それと同時に強烈な花の香。うっとなって後ろにのけぞればそれらが薔薇の花束だと気付く。そしてそれを突き出しているのはフィディオで、そこでようやく冒頭部分に戻る。

「はい、マモル!」
「・・・俺、花とか貰ってもすぐ枯らすと思うぞ」
「受け取って貰える事に意義があるんだ!」

だからはい、とフィディオは俺に花束を押しつける。これは受け取って貰えたとは言わないのではないか。強烈な花の匂いに、若干顔を顰めそうになるが、俺だってそこまで礼儀知らずな人間ではないつもりだ。そこはぎりぎり堪えてみせる。小さな声で礼を述べる事も忘れない。だけど、こんな花束を貰っても嬉しいなんて微塵も思えなかった。

「なあフィディオ、」
「何だい、マモル?」
「俺、『好き』とか『愛してる』なんて難しい事ばかり言ってくるフィディオじゃなくて、ただ『一緒にサッカーしよう』って言ってくれたフィディオの方が好きだったよ」

最近のフィディオは、訳の分からない事ばかり言って、前とは違って自分の気持ちばかり押し付けられているような気がしてならなかった。嫌いになった訳じゃないのに、そんなフィディオと会うのはひどく寂しくなるから嫌だった。フィディオの気持ちは、正直未だに受け入れられない。というか、分からない。俺の気持ちが。

「・・・、そうだね、ちょっと焦り過ぎちゃったかも」
「・・・ちょっとかよ」
「はは、まあとにかく、一緒にサッカーしようよ、マモル!」

何所か吹っ切れた様な、相変わらずなイケメンスマイルと共に、フィディオは俺の手を取って駆け出す。それと同時に俺の手から花束が落ちる。フィディオはあんなのはもう良いよ、なんて言うけど良くないだろ。宿舎の入口にあんなデカイ薔薇の花束落ちてたらちょっとした事件じゃないか。だけど、久しぶりにフィディオと楽しいサッカーが出来るのだと思うと、俺も花束の事なんて気にしていられなくなって結局そのままグランドまで二人で全力ダッシュ。その日の夕陽は、すごく綺麗だった。






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