誰も彼もが幸せな未来を掴めるとしたら、その手にあるのはきっと幸せではないのだろう。他者と見比べ、それが自分より下にあっあ時、そこに優劣が生まれ、自分を優の位置に認めた時。人は初めて幸せと云う名の安穏を得るのだから、とフィディオは思っている。

「俺は案外卑屈な人間なんだよ」

フィディオは貼り付けた様な笑みを浮かべながら、じりじりと確実に円堂との距離を詰めていった。対する円堂はそんなフィディオの笑顔を、明らかに普段のフィディオの笑顔とは違う種類のそれを、さも当然かの様に見つめ返していた。

夜の波打ち際、普段より静かなその海辺は、二人の纏う空気により一層の沈黙を得ている。在るのは波の音と、フィディオが円堂に近付く音だけだった。

「いつも思っているんだ。サッカーをしている時も、ずっと」

「……何を?」

正直、円堂はフィディオが普段何を考えているのか、そんな事に大した興味を抱いてはいなかった。しかしそれでもこう問い返したのは、円堂からフィディオへの、多分フィディオは俺に聞いて欲しいのだろうと云う想いを感じたから故の、最大限の情からであった。それが同情か友情か愛情か。そこは問題ではないと円堂は思っていて、またフィディオに自分のこんな曖昧な感情が理解されるとは微塵も考えていなかった。


「俺の立つ場所には、本来立つべき人が他にいるんだって事」
「それはオルフェウスのキャプテンとしての立場の事か?」
「最たるモノはそれだね。だけど他のモノだって怪しいよ。変わりの利かないモノってあるのかな?」
「フィディオには無いのか」
「マモルには在るの?」
「…在るよ」


少し躊躇う様に答えた円堂に、フィディオは今まで見せた事の無い様な疑いと否定を含む目で円堂を見た。しかしその表情は相変わらず上っ面だけの笑顔で飾られていて、円堂にはそれが酷く気味が悪い物の様に見えた。

「なあフィディオ、俺は案外強欲な人間なんだよ」
「マモルが?」
「変わりが利かないモノが在るかどうか、そんな事確かめたくなくて、何一つ手放せないんだよ」

(サッカーもキーパーやキャプテンの立ち位置もこうして世界の舞台に立つことも全部全部俺のモノなんだと、)


「だから、フィディオの言葉には頷いてやれない」
「…そう、」


円堂はフィディオを強い人間なんだと思った。自分を取り巻く環境とかそういった物を冷静に見据えて受け入れてきっと自分だけの場所を勝ち取っていく。そんな人間なんだと思った。
フィディオもまた円堂を強い人間なんだと思った。自分の欲しい物を臆する事無く掴もうとするその様が。周囲の環境に囚われない心根の有り様が。それはきっと円堂が円堂だけの場所を掴んでいる証拠なのだろう、そう思った。


お互い向かい合いながら、しかし屈折してその内面をぶつけ合う事を、二人はしなかったし出来なかった。そこに優劣などなくまた幸か不幸かを判断する材料も存在しなかった。だが、確かに繋いだ手がその温もりを渡し合っているのにも関わらず、お互いを変わりの利かない存在として認め合えない今の二人は、きっと幸せではなかったのだろう。






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