苦しいと言って欲しかったのかもしれないし、悲しいと縋って欲しかったのかもしれない。けれどそのどちらも彼は決して態度には勿論言葉にする事すら無かったので、俺はいつも彼の顔をじっと見つめるだけであった。
円堂守と言う人は俺にとって全てをぶつける価値ある人だった。実際そうした訳ではないし、そうする予定も今の所ないのだけれど、俺は勝手にそう思い込んでいたし今だって思い込んでいる。

「円堂は誰の前だったら泣けるの?」

詰まるところ、俺は円堂に何か一つでも構わないから円堂自身をぶつけて欲しいと考えている訳だ。彼は様々な物を惜しみなく与える。けれどね円堂、俺はそれだけでは駄目だと思うんだ。もしかしたら単に俺が他の人間よりも欲張りなだけかもしれないけどねだけどそれでもどうしても。おかしいのかもしれない。俺だけに見せる円堂が欲しいんだよ、なんて告げたら彼はどんな顔をするだろう。円堂はただ俺の言葉に不思議そうに首を傾げるだけで何の言葉も返してはくれなかった。

「円堂が泣いた所って見たことないからさ」
「俺だって一之瀬の泣いた所なんて見たことないぞ」

まあ確かにそうだろうね。俺の場合はあの事故の時。二度とサッカーは出来ないと言われた時。多分一生分の涙を流し尽くしたんじゃないかって位に泣いたからね。今ではそう簡単には泣かないんだ。

「円堂が俺以外の誰かに全てを委ねたりする日が来たら、泣いてしまうかもしれないね」

円堂はやっぱり意味が解っていないのか首を傾げながらうーん、と唸っている。別に難しい事を求めているつもりはなかった。俺は単に、サッカーと言う媒介を持たずとも円堂守という一人の人間と繋がりを持つ為の何かが欲しいだけなのだ。円堂と、サッカーがしたくて日本に留まったり命の危険も省みず世界大会に出場している俺が言うには些か矛盾を孕んでいる気もするがそれはそれ。

「一之瀬の言ってることよくわかんないけど、俺は一之瀬の事好きだぜ?それじゃ駄目なのか」
「その好きをたった一つにして俺だけにくれるなら良いよ」
「今日の一之瀬は難しい事ばかり言うんだな」

ねえ円堂、その難しいは俺の言葉の意味なのか、それとも好きを一つに搾ることなのか。この意味合いによっては俺の今後が大きく左右される気がするよ。相変わらず首を傾げ続ける円堂を眺めながら、もしかしたら明日の円堂の首は筋肉痛かもしれないと考える。それはそれで円堂が今俺の言葉に、それだけに心を向けてくれた証拠になってくれるかもしれない。答えなんて出さなくて良いから、今暫く俺の言葉に悩んでよ、円堂。







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