俺は男だよ、と言えば十人中十人が見ればわかるよと返すだろう。つまり俺は、もっと別のことを意として伝えたいんだ。俺だって男だから、付き合ってる彼女が他の男と仲良さげに話していたら、やっぱり面白くないんだよ。

「ねえ玲名、さっき緑川と何話してたの?」
「何だいきなり。女々しい質問をするな」

さも鬱陶しいと言いたげな表情で話す玲名はとても格好良い。自分の彼女への形容にその言葉はどうかと思うが、恐らくこれが一番適当な言葉だと思う。
学校に行けば、俺だってそれなりに人気がある方だ。晴矢なんかに聞かれたら調子に乗るなと言われそうだけど、嘘じゃない。下駄箱や机にこっそり忍ばされたラブレターだって、差し入れのお菓子とかだって、累算すればきっと結構な数になるのだから。正直、学校でもお日さま園でも玲名と付き合ってることを隠したりはしていない。それでも俺にこうしてアプローチしてくる女子が後を絶たないのだから女子って本当に凄いと思う。
そして同じ様に、玲名にアプローチする男子も後を絶たないのだから本当に世の中っておかしいよね。
玲名は良くも悪くも裏表のない性格だから、近付いてくる男子を容赦なく切って捨てる。それは間違いなく俺をいつだって安心させては玲名に愛されているのは世界にたった一人自分だけなのだと微かな自信を与えてくれる。
感情の起伏は案外激しくて、だけどそれを他人に伝えない玲名の愛情表現はいつだって拙い。だから俺は、玲名のそんな些細な表現から零れ落ちる彼女の気持ちを、漏らすことなく掬ってやりたいと思うのに。
時間が経てば経つほどに重なる日常の中に散らばった不安は容赦なく俺の上に降る。やがて俺のちっぽけな身体を押し潰してしまうのではないかと錯覚するほどの息苦しさに流されて、情けない俺の弱さが玲名に向かってしまう。

「玲名、緑川と話す時結構楽しそうだね」
「だったら何だ」
「………妬けちゃうよね」

ヤキモチ、嫉妬、どれもこれもが玲名の言う通り女々しいものだとは思わない。好きだから、好きならば。男女関係なく好きな相手を自分の元だけに繋ぎ止めておきたいと願うのはそんなに見当外れなことではないと思う。当然、玲名にもいつだって俺を繋ぎ止めておいて欲しいと願っている。叶うか叶わないかは別問題だ。

「玲名はもっと自分の魅力を自覚するべきだよ」
「は?」
「そうやって玲名が他の男子と仲良く話したりする度に俺は泣きそうだよ」
「そうか」

玲名の呆れた嘆息には慣れているけど、今一番欲しい反応からは程遠くて俺だって溜息が零れる。実際泣いたりはしないけれど。
玲名は相変わらずいつもの端正な顔立ちのまま。だけど次第に鬱陶しいからか、いたたまれなさからか、はたまた同情からか。一瞬強く眉を寄せた後大きく息を吐いて俺を見る。

「緑川が言うには――」
「?」
「お前が私を好きなのが見ていて丸分かりなのがおかしいらしい」
「はい?」
「お前の普段の行いを思い返したらまあそうだろうなと思ってつい一緒に笑ってしまっただけだ」
「…え」

本当に性もないな、と俺を置いて歩き出す玲名の耳が、うっすら赤く染まっているのを、目敏い俺は見落とさない。たったそれだけで救われる俺の単純さを、誰かが笑っても今なら全く気にならない。それほどの幸福が一瞬で俺の全身を満たしたんだ。
俺は玲名が大好きで、玲名もきっと俺が大好きなんだ。本人に言えばまた意地でも認めて貰えないだろうけど。

「玲名!」
「…?」
「俺、玲名が好き」
「……知ってる」

そう、どうか知っていて。俺がたった一人君が好きだと云うことを。それだけで、俺はこんなにも幸せになれるのだから。






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