※立春前提

見渡す限りの白、白、白。中には水色、クリーム色、橙色なんかもあるけれど。私が幼い頃から憧れ続けた色は純白のそれだった。

今日は立向居君と一緒に私のウエディングドレスを見に来ていた。ブライダル会社の建物の一角にあるこのスペースは、沢山の女の子の憧れで溢れかえっていた。
サッカー選手としてそれなりの収入を得ている立向居君は、私に一生に一回だからオーダーメイドにしても良いと言ってくれたけれど、正直ウエディングドレスを自宅のどこに仕舞えば良いのか、とかウエディングドレスを着たいから結婚する訳じゃないから、と断った。その代わり、新婚旅行はちょっとだけ贅沢しましょう。そう言った時の、立向居君の笑った顔が、彼と私が出会った頃から変わらない、私が好きになったままの笑顔で、何だか胸がぎゅっとなったのを思い出す。
何度も試着を繰り返し、その度に立向居君に意見を求める。

「これはどうでしょう?」
「んー、さっきの方が綺麗だったと思う」

綺麗、初めて立向居君が私にその言葉をくれた日を、私は未だに覚えている。
あれは高校二年の終わり。まだ少し肌寒い空気の中に佇む私に、立向居君は綺麗だ、と告げた。それまで、私服でデートの待ち合わせ場所に着く度、恥ずかしそうに可愛いと呟く彼が。
あの日から。少年だった彼が青年に変わって行った頃から、私は彼と寄り添う未来を願う様になって。そしてその未来を、私達は今こうして掴もうとしている。
それなのに、たまに訪れるこの不安は何だろう。多分俗に言うマリッジブルーなんだと思う。
私は立向居君をまだ立向居君と呼んでいる。あと1ヶ月もすれば自分も立向居になるのに。多分、私は怖いのだ。名字が変わったら、私も変わってしまうのかな、なんて。私には、今の音無になる前の名字があって。音無の名字が嫌な訳じゃない。音無春奈になってからの日々を、私は間違い無く幸せだったと言えるのだから。けれど、一時とは言え音無になって手放さなければならなかった絆を、私は今も忘れない。
たった一人。あの頃の私の世界を独占し続けた兄を、今だって自慢の兄だと思っている。
結婚するの、そう告げた時、少し驚きながら、それでも優しく祝福してくれた兄の瞳に、僅かに浮かんでいた寂しげな色を、気付けない訳無かった。それは多分、兄にも無意識な感情だったのだろうけれど。
だけど今でも、兄を思い出す度に私は目頭が熱くなるのだ。また離れてしまうの、そう心の中で呟いて、記憶の中の幼い自分に向かって駆け出しそうになるのだ。
結婚式の招待状だって、一人音無でも立向居でもない、鬼道と云うその字を、私は親族席に呼ぶの。少し気まずいかもしれないけれど、私の、春奈の幸せを一番に願ってくれているのはお兄ちゃんだって信じているから。

「立向居君、ごめんなさい、ドレス、決めるの今日じゃなくて良いですか」
「春奈?」
「お兄ちゃんと決めても良いですか、」

憧れていた。ウエディングドレスもヴァージンロードも。だけど私がそれを着て隣に立つ相手も、そこを歩く相手も、どちらも兄ではないから。私は立向居君のお嫁さんになると決めたから。

「最後の、兄妹の思い出作りです」

涙でドレスを汚さない様にこらえて、顔を上げて笑顔で言えば、立向居君は全部分かっているよ、と言うみたいに優しく笑うから、また泣きそうになってしまう。
兄は今まで私を守ってくれていた。だけどこれからは、それは立向居君の仕事になるのだ。勿論大人しく守られるだけの私ではないだろうが。
私が幸せになるその隣にあるのはこれからずっと立向居君なのだから。






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