※凄まじい捏造

これは只の夢の話。だから誰にも打ち明けない。勿論、ヒロトにだって同じ事。
夢の中で出会うその人は、自分のよく知るヒロトとその姿を酷似させながら、その本質たる内面を別個な物として、私の前に現れた。
私は彼を知っている。一度も接する機会を持たなかった彼が。彼の消失こそが私たちに多くのものを与えてくれた。

「初めまして」

滑るように語りかけられた言葉に、あっさりと警戒を解く。彼はきっと私たちのことを知っている。
夢が都合良く見せる幻影だとしても構わない。
目の前に、私たちの始まりの人がいる。それが全てだった。
会いたいなどと、思ったことはない。正直、この人について考えたことがあるかと聞かれれば答えはノーだった。
初歩的な挨拶、それ以上を、彼は語らなかった。名乗らないのだ。だから私も名乗らない。彼は私の名前を知っていて、私も彼の名前を知っている。ならば不必要な会話は避けるべきだと思えた。
きっと、此処に居られる時間はお互い長くない。

「瞳子は元気かな?」
「ええ、とても」
「そっか。それにしても、俺ももう少し長生きしてたらこんなに可愛い妹が出来てたんだなあ、あ、弟も沢山」

いつでもサッカーが楽しめそうだ、と微笑む彼は過去の人。もしこの人が今も生きていたら。私たちはきっと今の私たちでは有り得なかった。
人の死に、感謝もしなければまだ恐れを抱くような出来事もなかった。
当然、目の前の彼の死、にだって、私が持つべき感情などなかった。

「ヒロトは、」
「…、」
「幸せそうかい?」
「私にはヒロトの幸せの是非は決められない」
「はは、そうだね」

一瞬、彼がヒロトの名前を呼ぶ瞬間だけ、その瞳に、罪悪感にも似た気持ちが浮かんだ気がした。そしてその瞳は、かつて瞳子姉さんが私たちに向けていたものによく似ていた。
滲む血縁に少し悔しさに似た寂しさを覚え、目を伏せる。
彼の面影を重ねられたヒロトは可哀想なのか。それはヒロトが決めること。だけど私には。他者に自分を重ねられてしまった彼も、また可哀想と称される対象のように思えた。
誰かの死から立ち直ることは一種の忘却に似る。立ち止まらないでとは願えど、忘れてとは、どうすれば願えるのだろう。

「君はきっと、ヒロトを幸せに出来る」
「買い被り過ぎです」
「…そうかな。じゃあ言い方を変えよう。君は、ヒロトと一緒に幸せになれるね」

そして、はにかむように微笑んだ彼の顔に、私が愛したヒロトの笑顔がだぶる。それは本当によく似ている。
もし、彼とヒロトが過去に亀裂を持たず出会うことが出来ていたのなら。きっと兄弟のようにあれたことだろう。
そしてそれが有り得ないと知っているからか、私は何故か涙が止まらなかった。
幸せになりたい。不幸になるよりは、誰もがきっとそう願う。
だけど、きっと一生口には出来ないけれど、ヒロトが隣にいてくれるなら、それだけで良い。それだけを幸せと呼べる、そんな気がしている。
不意に、もう時間だ、と誰かが頭の中で告げる。夢が醒める。

「ヒロトを、俺の弟を宜しく頼むよ」
「…っ、」
「寂しがり屋のくせに、甘え下手だろうから」
「ありが、と…」
「それは俺の台詞だよ。本当にありがとう、玲名」

最後に名前を呼ばれて、次の瞬間には目が覚める。広がる見慣れた天井がぼやけてよく見えない。夢の中の涙は現実にまで残ってしまったらしい。いつも通りの朝。涙の跡もそのまま。洗顔も着替えもそっちのけ。勢いよくベッドから出て直ぐに机の引き出しから貰い物のレターセットを引っ張り出す。
宛先は、当然ヒロト。こんな夢みたいな夢の話を、長々と書き綴る気は更々ない。
只、今は。あの幼なじみで恋人のヒロトを甘やかしてやりたくて仕方なかった。
記す言葉は少ない。好きだよと、待ってるだけ。切手代が勿体無く思えるくらい、軽い手紙。
だけど、この手紙に籠めた私の気持ちが、少しでもヒロトに届いてくれれば、それで良い。それで充分。
私はヒロトに出会えて、幸せを得たのだと。






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