黙々と本に目を落としている玲名は、まるでお人形のように可愛らしかった。直接本人に告げても、キモイ死ねといった暴言しか返ってこないから、これは俺の中での独り言。二人きりの空間になって数時間、玲名はずっと読書中。よほど面白いらしいその本は、最近の本屋の店頭で飾られているような真新しい物ではなくて、図書館の本棚なんかに大分長い間収まっていたんだろうと思えるほど古ぼけていた。確か、クララに借りた、と言っていた。玲名がダイヤモンドダストの子と物の貸し借りをするような交流を持っていたなんて、俺は知らなかった。

数十分後、漸く読み終えて顔を上げた玲名に、「そんなに面白かったの」と聞けば、「文学的には」と如何にも頭良さげな返事が返って来た。文学的には面白い、その言葉の意味は、残念俺にはわからない。

「私としては、共感したり感情移入したりは出来なかった」
「それは詰まらなかったという事?」
「面白かったと言っただろう?」

玲名は何言ってんだコイツ、と目線で俺に言っていた。俺は玲名は何言ってるんだろう、と目線で彼女に告げてみた。似ているようで似ていない俺たちは、いつもこうして言葉足らず。だけどいくら言葉を重ねても、言葉を選ぶのが上手くない俺たちは、結局何も変わらない。そのくせ目線だけで会話したり出来るのは一体全体何故だろうね?
玲名は本をテーブルに置いて、台所へ向かった。飲み物か何かを取りに行ったのだろう。その隙に、玲名が読んでいた本を手に取ってぱらぱらとページを捲って見る。中は段組みされていて、あまり読書をしない俺には見開き二頁の中に四頁分の内容が載っているように思えた。しかも文体がいちいち古臭い。成程、これを読み切る為には確かに玲名は俺を数時間、それも数日にわたって俺を放置しなければならなくなる訳だ。一人しきりに納得していると、台所から二つのマグカップを持った玲名が戻って来た。玲奈は俺の手に在る本に気付くと、露骨にその綺麗な眉を顰めながら俺に一つマグカップを差し出してくる。

「読んだのか」
「ちらりと、ね」
「ふん、面白そうか?」
「あんまり。俺、旧漢字は苦手なんだ」
「電子辞書でも使えば良いだろう」
「そんな労力を使ってまで読みたくないよ。別にこの本に特別愛着持ってないもの」
「読んだことのない本にそんなもの抱く人間いないだろう」
「だから読みたい人だけ読めばいいじゃない」
「ならさっさとその本を置け」

言われた通り、本を置いてマグカップを受け取る。中身はホットココアの様で、甘い香りが鼻先に漂う。ただ、恐らく、玲名の持っているマグカップに入っているのはどうやらコーヒーの様な気がしてならなかった。

「玲名、そっちコーヒー?」
「それがどうした」
「……良いなあ」
「なら自分で淹れ直せ」

じゃあ良い、と言って玲名が淹れてくれたココアを大人しく口に運ぶ。うん、思った通りの知っている甘い味。そして今度は玲名が口にしているコーヒーの味を想像してみる。俺はどうやら他人の物、というより玲名の持っている物を羨んだり欲しがる癖があるようだ。さっきの本を、手に取って見たのも多分そういうことだ。
まいったなあ、内心、別にまいってないけど呟いてみる。取り敢えず、この後玲名はクララにあの読み終わった本を返しに行くだろうから、次は俺に貸してくれないか頼みに行くとでもするか。






- ナノ -