夜のイルミネーションに彩られた冬の街中を、リカは一切の興味も抱かず足早に通り過ぎる。
少し高めのブーツのヒールも慣れればなんてことない、競歩にも近いペースでだって余裕で歩けるのだ。
明らかにいきり立っているリカの背を、マークは先程から必死に追い掛けてはいるのだが、追い掛ければ追い掛けるほど目的の人物はさっさとその小さな背中を雑踏に埋めてしまうのだから上手く行かない。
ひらりひらりと交わされてはうなだれる右手を何度叱咤したのだろう。
言葉では上手くリカを繋ぎ止めて置けないから、ならば態度で示さねばならないことくらい分かっている。だけどその態度がリカに拒まれたらと臆病になって結果意味もない偽りを生む。
元来女性は皆そうなのか、それともリカが特別なのか。
マークの挙動に潜む違和感を敏感に感じ取るリカの機嫌はいつだってころころ変わる。そしてそれは、少なくとも良い方向に結果を齎した例がないのだと、マークだってとっくに気付いてはいるのだ。
だけど、リカに好きだと伝えてしまった以上、待つ以外の何が自分とリカの間を取り持つ行為に成り得るのか、それがマークには分からないのだ。
一之瀬を想い続けるリカに、不毛だからやめておけと断ってやれる程勇敢ではなかった。変わらない現実に見切りを付けて胸の内の恋を捨てる程臆病でもなかった。

だから、好きだと告げた。自分はリカが好きでリカは一之瀬が好きで。
お互いがお互いを不毛だねと見詰めるだけの恋でも十分だったのだ。
何時しか、リカが自分と二人だけで出掛けることを了承してくれた時、確かにひょっとしたらなんて浮かれた自分がいたことを、マークは今でも覚えている。
それでも、現状維持を大前提にするマークとリカとの間には決定的な溝があった。日に日に歩み寄るべき二人が、次第に遠ざかるのを、誰が見ていた訳ではないけれど。
もしも今のマークとリカの現状を他者が表現するのならばたった一言、もどかしいに尽きる。

リカは、きっとマークが好きだった。しかし、マークが彼女に想いを告げた時、リカが一之瀬を好きなのは知っている。そう付け加えてしまったことが、いつしかリカを縛る呪文のようになっていた。
自分の好きでいるべき人は一之瀬だと、そうマークに言われているような気がした。
念入りに整えた髪だとか、少し短めのスカートだとか、自分をよくみせる為の努力を認めて貰いたい相手が、いつしか一之瀬ではなくなって行ったことを、リカはとっくに気付いていた。
それでも、恋に性急過ぎた自分を自覚したから、マークに好きだなんて今更言えない。
そんな秘密を抱えてマークと二人で遊んだりするようになり、そうした時間はリカにとって幸せな時間となっていた。
自分はきっとマークにまだ嫌われてはいないだろう。そんな僅かな安心を得てはその先を夢見ている。
だからふとした瞬間に気付くマークの浮かべる諦めにも似た表情を捉える度に無性に苛立つ。
これ以上を求めるリカとこれ以上はと諦めるマーク。
根が物事に白黒はっきりさせなくては気が済まない性分のリカには、マークが抱える感情は分からずとも気に掛かり気に喰わない。

言いたいことがあるなら言えば良い。

数分前、マークに告げた言葉をもう一度自分の中で繰り返して見る。
リカとしてはそんな無茶なことを要求したつもりはない。それでもマークは口を噤み沈黙した。
それを、リカは最悪な答えの体現として受け取った。
無理をしてまで会ってくれなくて良い。
確か、最後にマークに向けて叫んだのはそんな言葉だったか。
駅まで続くイルミネーションの通りを眺めながらゆっくりと歩くカップルや家族連れの面々の中、一人足早なリカの姿はさぞ浮いて映っているに違いない。
後ろから、焦った調子で自分の名前を呼ぶマークの声だってちゃんとずっと聞こえてはいる。
だけど返事は勿論、振り返ることだって出来はしない。今にも泣き出しそうな涙腺を叱咤して、早く早くと逃げ続けるしかないのだ。

「リカ!」

いつの間にか詰められた距離と掴まれた腕に、リカは諦めよりも失望が勝る。
余程必死だったのであろうマークの息遣いも、額の汗も、何もかもが嘘のように映るのだ。
ただ、必死過ぎて普段の気遣いを忘れているマークの、リカの腕を掴む力は存外強くて、リカも無駄な抵抗はしないでいる。それでも、決して視線を合わさないのはリカのよく分からない意地だった。

「リカ、ごめん」
「……」
「俺はただ、君がカズヤのことが好きだって思ってたから、」
「そのウチに関して言うのにカズヤカズヤ言うん止めんかい!」
「え、」
「なんやねん!ウチは浦部リカやねん、一之瀬一哉を好きなリカちゃうねん!」

勢いで上げた顔は、泣いてはいなかった。だけど傷付いていることは明白過ぎるくらい悲しみに歪んでいた。
そしてそれが確実に自分の所為だと、状況と思考がマークに告げる。
頭の隅で、ずっと押さえつけて知らん顔をしてきたもしかしてが再び顔を出す。
思考するよりも行動を。
とっさに抱き寄せたリカが、走り続けて暑いくらいの自分でも分かる程に温かくて、マークは黙って目を閉じた。
小さく息を飲んだリカも、やはり抵抗はしなかった。
先程のリカの怒鳴り声に気を引かれたのか、此方を盗み見していた連中もいたのだろう。ちらほら揶揄するような、冷やかすような言葉も耳に入るが気にしない。

「リカ、好きだ」
「…うん」
「だから、俺を選んで欲しい」
「うん!」

欲しかった一歩を、漸く貰った。
とうとう決壊した涙腺からはとめどなく涙が溢れて、きっと念入りに施したメイクを滲ませているのだろう。
それでも、その涙を拭おうとは思わない。
今だけは、きっと自分達が世界で一番幸せな二人なのだと、自惚れることすら許される気がした。
こうして抱き合って落ち着いたら。
先程までは見向きもしなかったイルミネーションでも眺めようか。
きっと二人の幸せの輝きには、及ぶ筈も無いのだろうけど。






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