やっぱりアンタは何にもわかってない。
泣きながら、セインに言い残したリカは、数分前にこの部屋を出ていってしまった。
先程まではリカとセインの笑い声で賑わっていた部屋は、今では寂しい沈黙だけが在った。

リカは、円堂達に助け出された後も度々このヘヴンズガーデンに遊びに来ていた。そう気安く遊びに来れるような距離でも立地でもない。ましてやリカは女の子なのだから。途中で怪我でもしたら大変だ。そう思ったから、セインはリカに告げた。

「無理して来なくても良い」

セインは、リカが自分達に気を遣っているのだと思っていた。若しくは気に掛けているのだと。
だから、心配しなくても良いと伝えたかっただけなのに。その真意はリカには真っ直ぐ届かなかったらしい。セインの言葉を聞いたリカは、泣きながら怒っていた。だけどそれ以上に傷付いて悲しんでいた。それが、セインの心にまで悲しみを波及する。
いつの間にかセインの心にはしっかりとリカと云う存在が根付いていた。そしてリカはそんな自分の元に足繁くやって来る。これでは、いずれ自分に都合の良いようにリカの気持ちを曲げて解釈してしまう。彼女を此処から帰したくなくなってしまう。そしてそれをすれば、間違い無く自分とリカの距離は今よりずっと遠ざかるだろう。それは辛い。だから在るべき正常な二人の距離感を保とうと、セインはいつだって必死だった。それなのに、リカはいつだってセインのぎりぎりの防波堤をあっさりと飛び越えてきてしまう。
リカの一挙一動に戸惑いながら、彼女がそばにいる事に喜ぶ自分が日に日に増長していく。
そんな矛盾と葛藤の中、リカに向けた言葉は、些か冷たかったかもしれない。ぼんやりと、漸くまともな思考が可能になった脳内で弾き出した答えに、今度は急速に焦りが吹き出して来る。
探さなくては、そう思い立ち、慌てて部屋を出る。
此処でリカの行きそうな場所なんて、限られている。しかしその限られた場所の数が多い。それ程までに、リカはもうこの場所に馴染み居着いていた。

「リカ!」
「……セイン?」

結局、リカが居たのはサッカー場だった。何とも彼女らしい。
慌ててリカに近付いてくるセインに、リカ本人はどうしたん?等と呑気に声を掛けてくる。

「すまなかった」
「…何が?」
「無神経だった」

リカの気持ちを、踏みにじる様な発言だった。
詫びる言葉はセインの誠心誠意を込めた物。それがありありと伝わって来るからこそ、リカは尚更不機嫌そうに顔を歪める。止まった涙が、再び溢れそうなくらい、セインは何も分かっていない。詫びなんて、一言もいらない。

「セインは、ウチが此処に来るのは何でやと思う?」
「それは、」
「確かにな、無理はしとるかもしれん。遠いし、道は危ないし、周囲に毎回危ない言われとんのを大丈夫言うて説得すんのも楽やない」
「………」
「それでも、ウチは絶対此処に来るのを止めへん。明日も明後日も此処に来る。それが何でか、セインにはわからんの?」

わからない。素直に小さく呟けば、リカはやっぱりな、と呆れた様に笑う。咎められている訳ではない。最初からそんな事は分かっていたのだろう。セインはあまり、他人の感情の変化の機微を察するのが上手くない。

「好きなんよ」
「え、」
「ウチはセインが大好きやから、毎日だって此処に来るんよ」

ねじ曲げてはいけないと、思っていた。しかしねじ曲げずとも、リカの気持ちは、セインが無意識に欲しがっていたものだったらしい。

「セインは?」
「我、は…」
「ウチの事、好き?」
「好き、だ」

おおきに!そう言って笑うリカに、セインも只笑う。もしかしたら此処はいつの間にか本物の天国になってしまったのではないか。そんな錯覚すら起こすほど、今急激にセインに見える世界は幸せに満ち始めた。
しかしどうしようか。本当に、リカを此処から帰したくなくなって来た。欲張ってはいけない。頭の隅では、まあ分かってはいるのだけれど。
そうだ。リカを此処に留め置けないなら、自分がリカのそばに行けば良いのかもしれない。
だけどそれはそれで問題が多々ある。
でも今は、何も考えず、目の前の幸せを黙って抱き締めよう。そして絶対に離さない。






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