「あ、エドガー!」

一人往来の中を歩く途中、聞き覚えのある声に名を呼ばれ振り返る。予想していた少女の姿は、確かにそこにあったのだが、普段と違う雰囲気の衣装を身に纏っていた為か、一瞬、反応が遅れた。

「…、レディ、それは…、」
「あ!リカって呼べ言うとるやん」

エドガーの問いは上手く言葉にならず、逆にリカに叱責される結果となった。
それでもエドガーはリカを凝視したままぴくりとも動かない。
流石にリカも不思議に思いエドガーの顔を見れば真っ正面から二人の視線がかち合う。そして漸くリカはエドガーの視線が不躾なまでに自分を上から下まで凝視している事に気付いた。

「やっぱり変やろか…」
「いえ、そんな事は…!」

ない、と続くはずだった言葉はやはり声にならない。普段ならば女性に対して不必要なまでの賛辞の言葉を贈るこの口に一体何が起こってしまったのか。エドガーにも理解できなかったが、確実に目の前にいるリカの格好がその原因に違いなかった。

普段、サッカーのユニフォームかパンツスタイルでしかリカは行動しなかった。何分動きやすい格好を好むのだ。
しかし今日はどうだ。白い、裾に可愛らしいフリルがあしらわれた、膝より少し上までのワンピースに一枚半袖の上着を羽織っていた。髪も頭上高くでお団子に結われシュシュで纏められている。
見た目だけで言うなら、「お嬢さん」と形容したくなる、そんな格好。
言葉は悪いが、意外にもリカに凄く似合っていて、エドガーは思わず口を噤むしか出来ない。頬を赤く染めないだけまだ堪えている方だ。

「これな、秋が…あ、イナズマジャパンのマネージャーがやってくれたんや!」
「なるほど、」

まだ人通りの多い、道の端で、リカは得意げに廻りながらワンピースの裾を揺らす。
その時チラリと見えたリカの普段見えない太股だとかうなじだとかに一気に鼓動が高まる。
必死に自分は紳士だと繰り返し、気持ちを落ち着かせる。
上機嫌にエドガーに感想を求めるリカは気付かない。先程から、自分達の横を通り過ぎて行く通行人の中に、リカを下世話な目で見詰めている人間が数多くいただなんて事に。

「……少し場所を変えましょうか」
「ん?せやな、なあ、エドガーってこうゆう格好好きそうやな!」
「……まあ、嫌いではないですが」
「だから着てきたんやで!」

エドガーが喜びそうな事したかったんや、と呟きながら、リカはもう一度その場で廻る。今度はリカの香りがエドガーにまで届いて、その甘美さにひどく目眩がする。
紳士の役目たるエスコートなど、もう到底出来そうになかった。
熱に浮かされて伸ばす腕は決して優しくリカの手を取りはしない。

「エドガー?」
「黙って」

塞いだ唇は、想像以上に甘い。往来の中、白昼堂々と交わされたキスに、リカはただ固まりその大きな瞳を瞬かせる。
無垢な少女を拓こうと目論む自分はやはり紳士ではなさそうだ。
だがそれも悪くない。たった一人、リカの前ではそんな建て前は一切無駄な事。今リカの前にいるのは、獣の眼をした、一人の男なのだから。






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