※リカが失恋をすごく引きずってます。


二人きりになるのは初めてだった。自分達、イナズマジャパンに会いにきた海外メンバーに熱烈な興味を示せど、リカは案外それ以上の接触を自分から図ることはなかった。楽しげに、ただ自分達のしているサッカーを眺めているだけだった。時折マネージャーの仕事を手伝いながら、試合にも混じったりした。それでも、エドガーとリカの距離が近づいたりするような出来事などなかった。そしてそれが自然なこと。
エドガーは紳士でフェミニストだった。女性の理想像に淑女という一語を求める部分が、エドガーには確かにあった。リカがそういった理想からはあまりにかけ離れたちゃきちゃきした、騒がしいタイプの女性であることは明らかであったけれど、女性であることには変わりなかった。だから、もし自分がリカと接する機会があるならば、いつも通りの対応をするだけだと思っていた。万人共通の、上っ面だけのエスコート。
何故突然二人きりになったのか。ここはイギリスのエリアで、リカは一人でそこにいた。顔見知りを無視する訳にもいかず、挨拶だけでも、と思いかけた声にリカは想像よりも静かな声で同じように挨拶を返した。聞けば少し散歩をするつもりが足を伸ばしすぎたそうだ。女性という物は一人で行動することを嫌うイメージがあったし、特にリカみたいなタイプはそうだろうと考えていたエドガーには、この時点でリカに意外、の一言を投げたくなった。

「レディが一人では危険です」
「……、そうでもあらへん」

リカは、レディと呼ばれることがあまり好きではなかった。女の子らしい扱いなど求めない。たった一人それを望んだ相手は今目の前にいるイギリス紳士では無いのだ。
顔の良い男子は好きだ。その場限りのときめきという熱は、リカの心の空白を一瞬だけ埋めるのに役立つから。その人間の内面などどうでも良かった。眺めるだけなら楽だから。見詰めるのはもう、疲れてしまった。もう誰も見つけない。だから自分も、誰からも見つけて貰えなくて良い。サッカーと沢山の仲間、それから一握りの親友。それだけあれば、案外自分は幸せに生きていけるのだと、リカは真面目に考えていた。
エドガーの上辺だけの女性に対する優しさは、リカがかつて恋したあの人の自分への態度に少しだけ似ていた。だから、殊更リカはエドガーが習慣としてリカに向ける仕草が嫌いだった。人の内面に目を向けることを止めたリカには、それがエドガー本人を嫌う理由にはならなかったが。

「元気がないようですが、具合が良ろしくないのですか?」
「別に。心配掛けたくない相手は今ここにおらへんし、無理にテンション上げても意味ないやん」
「はあ、」

それはつまり、普段の彼女のテンションは演技、だということだろうか。そう考えたが、彼女の根が明るいことは間違いないだろう。サッカーを楽しいと感じているであろうことも、きっと。ならば、リカのこの発言が指しているのは、自分達を見て騒いでいる時の彼女の様子のことだろう。
そういえば、初めて会った時も、マネージャーから心配そうに声を掛けられている姿をちらほら見かけた。その度に、リカはにかっと笑いながら大丈夫大丈夫と、わざとらしい位の大声で答えていたような気がする。

「みんな心配症過ぎるからあかんわ」
「貴女が、無理をしているのが分かるからでは?」

不躾だったのだろう。リカは一瞬眉を顰めて、そのまま諦めたように笑った。エドガーの忠言など、いかにそれが事実だとしても、戯言止まりだった。

「素直に泣いても、なんの意味もないんよ」

どうにもならない現実のもどかしさなら、もう十分思い知った。これ以上、自分で自分を惨めにしたくはない。好きにならなければよかったなんて台詞は、間違っても吐かない。だから、早く笑って思い出話に出来るように、とむきになっていたのだろう。それに気付いてしまったら、急に疲れてしまって一人でぶらぶらと散歩していた。その矢先にエドガーに会ってしまうのだから、本当に自分は最近運がない。

「もう遅い。ジャパンエリアまで送りましょう」
「ええよ、フェミニストは好かんわ」

誰にでも優しくしていると、本当に好きになった子を特別にできへんで。呆れたように微笑んで、リカは踵をかえす。別れの挨拶も残さないのが、何よりもエドガーとリカの今の関係だった。
あまりにも頑なに閉ざされているリカの心の扉に、一瞬でも手をかけようとしたエドガーの手は見事に弾かれたのだ。それでも、リカの涙を想像して、耽美だと感じ入っている。エドガーはそんな自分に苦笑し、到底紳士とは言えない、と一人呟く。たった一人のレディに特別に興味を示し始めたエドガーには、もうそんな肩書きは必要ないのだけれど。
次にリカに出会うとき。リカと名前を呼べば、きっと彼女は不愉快そうに顔を顰めるだろう。それを想像して、エドガーはやっぱり愉快でたまらなかった。






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