女の子は綺麗なモノが好きだ。だけどその綺麗なモノから自分に近付いて来られると、急に自分の汚さが照らし出されてしまう気がして、その綺麗なモノを叩き落としてしまうのだ。

「セインは天使なん?」

邪気無くセインに問い掛けるリカは、紛れもない女の子だった。用意された花嫁衣装に身を包みながら、リカは抵抗らしい抵抗を見せなかった。只最初に花嫁衣装を見せた時、小さくウエディングドレスとちゃうんやな、と呟いたくらいだ。
諦めているのか、それとも自分が助かるとでも無駄に確信しているのか。それはセインには測りかねた。

「なあ、セインは本当に天使なん?」
「ああ」

まあ、天使みたいに綺麗なお顔やもんなあ、とセインの顔を、リカはしげしげと見詰める。無粋な態度にも、セインは何故か言葉を荒げたり叱咤する事をしなかった。多分、そのどれを実行しても、リカは笑って流してしまうだろうから。

「ウチはセインの花嫁さんなん?」
「そうだ」
「何で?」
「選ばれたからだ」
「変なの」

未だ外れない白い腕輪を見詰めるリカの眼は、もうとっくに解いた洗脳の名残があるかの如く虚ろだった。
セインだってリカ同様に変なの、と思っている。洗脳を続けていた方が、静かでずっと楽に事を運べると知っているのに。わざわざ自分がリカの元に足を運ぶ必要は無いのに。こうしてリカが自分と普通に会話してくれる事を、喜ばしく感じたりしている。
リカは選ばれた。セインが、リカが、選んだ訳じゃなかった。只の巡り合わせ。それが果たして良かったのか悪かったのか。それを測る術を、セインはまだ持っていなかった。

「セインは天使なのに、何で人間の花嫁が必要なん?」
「何故、とは?」
「綺麗な綺麗な天使様が、どうして薄汚い人間なんかを花嫁にするんやって話しや」
「君は薄汚いのか」
「さあ?セインにはウチが綺麗にでも見えとんの?」

答えたかったのは、是の返事。選んだのは沈黙。余りにすっぱりと自分を人間と云う概念の一つとして切って捨てるリカが、少し怖かった。自分が消えても何も変わらない。そう言われているようでもあったから。

「リカは我の花嫁だ」
「セインはウチを選んどらんのに」
「それが何だ」
「ウチは誰にも選ばれない余り者なんよ」
「…それが、何だ」
「…セインは優しいんやね」

ダーリンみたい、と俯くリカがセインは嫌だった。ダーリンの存在も意味もセインには曖昧で不確かなのに、何故がその影をリカから引き剥がしたくて仕方ない。
リカが時たま無意識に呟くダーリンとは、恐らくセインが初めてリカを迎えに行ったあの場所にはいなかった筈だ。いたのなら、セインはきっとそのダーリンとやらを完膚無きまでに打ちのめしていただろう。

「リカ」
「ん?」
「我の花嫁にならないか」
「…。ウチ、まだ結婚は出来んのよ」

少なくとも、あと二年は。それは、セインには理解できない法律による定めらしい。ならば、その二年を待ち過ぎれば、リカは自分の花嫁となってくれるのだろうか。
気付けばリカは泣いていて。零れ落ちた一滴が、二人を繋いだ腕輪に落ちた。光を受けて輝くそれは綺麗だ。
そしてそんな綺麗な欠片を生み出した、リカだってきっと綺麗なのだ。





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