※リカがセインに記憶消されて手籠めにされてるどうしようもない設定


「あなた誰?」

そう言ったリカの瞳は、俺ばかりを見詰めていた頃に比べて大分空洞で、だけど一寸の曇りもなく澄み切っていた。


FFIからアメリカに戻った後、毎日リハビリに追われながら日々を過ごしていた。見舞いに来てくれるユニコーンのメンバーや日本の友人からの手紙。未だ思い通りにサッカーの出来ないもどかしさはあれどもそれなりに満ち足りた日々だった。そう、あくまでそれなり、だ。
FFIが始まる前、俺はリカに遠まわしな別れを切り出した。尤も、俺達は付き合っていた訳ではないし、ただあれだけ率直に俺に好意を向けてくれていたリカの気持ちを、これ以上うやむやにしたくは無かったのだ。そしてその後、俺はリカに会うことも話すことも無かった。
俺がライオコット島を去った後、マークとディランに依ればリカと音無が変な奴らに浚われたりしたけれど、なんとか無事に助け出したらしい。その時俺は二人が助けに行ったのが音無で良かったとか、逆に二人が音無を助けに行ったからリカが本当に無事だったのかがわからなくて苛ついたりとか、なんで俺はその時病院のベッドの上で寝ているしか出来なかったんだよとか、そんな風にぐるぐる廻る思考の所為で、二人が得意気に語る武勇伝に、どんな返事をしてやれば良いのか、どんな返事をしたのか全くわからなかったし覚えていない。
兎に角、リカは無事だった。そう無理矢理自分を納得させてその場は乗り切った。ただ、その時の俺はどうして自分がこんなにもリカの身を案じて動揺したのか、そんな事に少しも留意しなかったのだ。
それからと云うもの、俺は度々リカの事を思い出す。無事だったのならば、改めて自分から安否を尋ねる必要はない。
そう言えば、FFIの終了後にジャパンのメンバーから今度は手術成功を祝う文句が綴られた寄せ書きが届いた。中には塔子からのメッセージも在ったのに、何故かリカからのメッセージは一言もなかった。何故かって考え方がそもそも烏滸がましいのだろうか。
俺はずっと、リカから俺に向けられた「恋」を切り捨てたあの日から。俺達はきっとただの友達になるんだと思っていたのだけど。もしかしたら、リカにとってはそうじゃ無かったのだろうか。「恋」の対象者と云う称号を無くした俺に、リカはもう一滴の興味も持っていないのかもしれない。そう考えたら、何だか急に寂しくなった。

そんな事を考えながら日々を過ごしながら、もう一人で外を出歩けるようになった。
そして今日。久々にユニコーンの練習を見学して帰りに病院に向かう道の途中。嘗ては見慣れていた背中を見つけた。水色の肩より少し下まで伸ばされた、髪。見間違える筈もない、その後ろ姿を見つけた瞬間。自分の身体の具合も気にせず駆け出しその肩を掴み振り向かせる。

「リカ!」

半ば叫ぶように名前を呼ぶ。今目の前にいるのは、確かに、リカ本人だった。だけど、次の瞬間、リカが放った言葉は、見事に俺の心を氷漬けにした。

「あなた誰?」
「え」

リカはまるで幼い子供の様にまじまじと俺を見上げながら問う。俺の事など知らないから名乗れ、と。俺はただ、突然の衝撃に呆然と立ち尽くすしかない。それでも、リカの肩を掴む手は離さない。リカの格好をよくよく見れば、俺達と一緒だった頃とは大分雰囲気が違っている。白を基調にしたワンピースを身に纏い、化粧も殆どしていない。だけど、彼女は確かにリカなのだ。

「リカ、」
「…!セイン!」

不意に、誰かがリカの名前を呼んだ瞬間、リカの顔が輝き出す。一瞬見えたその表情は、嘗てリカが俺に向けていた物と同じだった。
リカは一瞬で俺の手を払って、その声の主に向かって走り出す。

「セイン!もう用事は良いの?」
「ああ。帰ろうか」

まるで恋人同士の様に、自然な会話、自然な仕草。腕を絡めて歩き出す二人は、リカは、俺の方にはもう目も向けずに歩きだそうとしている。引き留めなければ、そう思うのに、声も身体も、二人を引き留める為の何かをしようとはしない。
一瞬、リカと歩いている男が此方を見る。その瞳に、明らかな敵意が宿っている。
そしてその瞳を見た瞬間、俺は殆ど反射的に彼を睨み返していた。

(――触るなよ)

視線で語れば一笑に付される。隣りを歩くリカは笑っているけれど、俺から見ればどこか違和感を覚えざるを得ない。
理由なんてわからない。だけどどうすれば良いのかなんてことは明らかだ。

「返して貰うから」

呟いた言葉は、きっとリカと歩く男にだけ届く。此方を睨み付けてくるその顔は、先程までリカに向けていた笑顔からはほど遠い。それが俺の自信を増長させる。
俺はいつだって自分の気持ちに気付くのが遅すぎる。だけど諦めの悪さには定評があるんだ。だからもう一度、君の心を取り戻してみせるよ。






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