ちやほやされていた自覚はある。それを少しだけ嬉しく思っていた自分の存在も気付いていた。だからあの子に出会った時、彼女のリアクションに特別感情が動く事なんてなかった。
だけどそれがただのその場の一瞬の熱に過ぎないと知った時の胸の痛みを、俺はなんて説明すればいいんだろう。彼女の言葉の端に度々上る「イチノセ」の名前に、無意識に眉を顰める俺がいる。ねえ、君が俺に興味を持ったのは「イチノセ」への想いを断ち切ったからじゃなかったの?

「リカはどうしてイチノセをダーリンって呼ぶの」
「……さあ、ダーリンはダーリンやし」
「イチノセはリカのダーリンじゃないのに?」

リカは自分で自分の気持ちに気付いているのかいないのか。リカはきっと言葉と仕草で必死にイチノセを振り払おうとしてるんだろう。自分の為、というより、夢を追いかけ自分に最大限の誠意を示しただろう、イチノセの為に。だけどそれだって結局リカの幻想だと思う。本当に良い男なら、どんなに文明の利器が発達したって、女の子の告白に電話で応えたりするもんか。しかも聞けば随分曖昧な言葉で濁して、どこかで逃げ居ているような気がしてならないんだ。

「ねえ、リカ。俺の事ダーリンって呼んでみてよ」
「えー、なんか嫌やわ。フィディオはフィディオやん」
「イチノセだってイチノセなのにダーリンって呼んでるじゃないか」
「だってダーリンはダーリンやもん」

傍からみたらなんて間抜けな会話をしているんだろうと思うだろうね。きっとマモルとの会話だってこれより流暢に行えると思うんだ。女の子との会話でここまでちぐはぐで平行線な話題で話し合う日が来るとは、正直夢にも思わなかったよ。そういう意味では、リカのリアクションはそこら辺の女子と何ら変わらないありきたりなものだったけれど、リカが俺に齎したものと言えばきっとそこら辺の女子とは比にならないくらい偉大だと思うんだ。そう、つまり俗に言う“恋”って奴だと俺は踏んでるんだよね。まあ踏まなくともそうだよ。初めて会った時、リカは俺の事をそこら辺にいるファンと同じようなリアクションで出迎えた。だけどそれは、暗にそれ以上は無いよという本能的な意思表示。どうせあの場にイチノセがいたのなら、流石に引っ付きはしなかったろうけど、俺やエドガー達には目もくれず、結局イチノセだけをその瞳に焼き付けようと目線を固定していたんだろう?

「リカはイタリアに住みたいとか考えた事ある?」
「ちっとも!」
「少しは悩もうよ」
「…?何を?」

ここでアメリカに住みたいと思った事は?なんて聞くほど、俺は馬鹿じゃない。自殺行為にも似た、馬鹿げた言葉。追いかけてばかりの君は、どれだけ向けられる好意を溝に捨てて来たんだい?だけど、どうか。俺のこの想いだけは、君に。不意に、まるで涙が出るんじゃないかって位、目頭が熱くなって、鼻の奥がツンと痛んだ。それは、いきなり、リカが。今リカと話している俺の存在など忘れてしまったという程に遠くを見るような眼をしたからだ。そして湛えられた柔らかい笑顔。ねえ、きっと君はそこにイチノセの思い出を見たんだね。今まで女の子には勿論、チームメイトにだってちやほやされて重用されていた俺には、些かきつ過ぎる仕打ちだった。ましてそれが自分が好いている女子にだなんて、笑っちゃうよね。
負け犬の遠吠えみたいで、絶対言うまいと決めていたセリフがあるんだ。だけど、俺は今無意識にその言葉を脳内で何度も繰り返している。

「イチノセより先に、リカに出会っていたのなら」

もしもはいつだって零地点から動き出そうとはしない。妄想はいつだって過大だが何も利益を齎さないものだと知っている。そんなささやかな意地は、目の前の少女のたった一度の眼差しにいとも簡単に崩された。
ねえリカ。イチノセより先になんて贅沢は言わない。せめてもう少し早く出会えていたのなら。ユニコーンの試合でイチノセを完膚なきまでに叩きのめして、君の眼を俺に向ける事位は出来たのかな。そう考えて首を振る。もしそんな事が出来ていたとしても、結果リカは俺を愛しい人の敵みたいな目で見て来たのだろうなあ。そう考えれば、今のこの関係は少しはまともで充足したものなのかもしれないね。本当は、とてもそんな風には思えないのだけれど。






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