恋をしている女の子はいつだって可愛いもの。だから、あのイチノセとかいう男の子に瞳を輝かせるリカはとても可愛いと思った。だけどね、本当は私達と一緒にサッカーをしているリカも、十分輝いていて。そして私は、そんなリカがいてくれるだけで充分だったんだよ。
あの日、「ダーリンと一緒に宇宙人と戦ってくる」という台詞と共に私達の前から姿を消してしまったリカ。それから何度もテレビの液晶越しにみるあの子は怪我をしていたり等と、いつも私達をはらはらさせた。私には宇宙人と戦えるほどの実力はない。それでも、画面を通してみるリカが、日に日に成長していることとか、きっと雷門はリカにとって楽しいサッカーが出来る場所に違いないとか、その程度なら簡単に理解できた。ほんの少しの寂しさは孤独な夜を格段に増やした。それまでは簡単に出来ていたおやすみのメールも明日の予定確認の電話も出来なくさせた。だってリカには必要ないんだもの。彼女は大阪にはいない。学校の靴箱にも、教室にも、サッカーグラウンドにだっていないの。雷門にいるリカを見るのは別に辛くなかった。その腕にキャプテンマークが付いていない事も、ユニフォームの裾を結ぶ癖も、結果的に私を安心させていてくれた。変わった様で変わっていないリカの帰る場所はここに在るの。ただどうかあのイチノセとかいう男の子と結ばれてしまう事だけは。そんな風に考えてしまう自分の思考回路が大嫌いだった。だけど、何となく、彼は、大阪には馴染まない。そんな気がするから、リカの応援はしているけれど、リカの恋心の応援だけはどうしても上手く出来なかった。

暫くして大阪に戻って来たリカはやっぱり恋する乙女で私達のチームのキャプテンだった。みんな言葉多くは伝えないけれど、リカが帰ってきて嬉しくて、ほっとしているの、分かってくれるでしょう?リカは度々東京の方へ出かけて行く。日本代表の応援をしにいっているのだそうだ。総理の娘の財前さんと仲良くなったリカに、やっぱり私は少しだけ寂しかったけれど、リカの中で私達とその財前さんが一緒くたに括られていないことは何となく承知しているから、笑ってお土産よろしくね、なんて見送る。そういえば、最近他のチームと試合してないなあ。本当は何試合かしてるけど、リカ不在の時も多いから、そんな錯覚を起こすんだ。リカがいなくても勝てる試合が多いから、リカは安心して出かけていく。だから私は勝つたびに少し寂しい。こんな我儘は絶対誰にも言わないと決めている。

ある日、凄く久しぶりにリカの家にお泊まりをした。珍しく、私一人。だけど年頃の女の子が集まればたった二人であっても十分に会話は弾む。さっきも階下からおばさんにうるさいと注意を受けた所だ。そんな事が、ひどく楽しくて仕方がない。

「なあ、道子はダーリンの事覚えとる?」
「当然、あれだけ毎日リカの話題に上る人間の事、簡単にわすれんわ」
「あのな、ウチ、振られてしもたんよ」
「え…?」

リカの言葉はよっぽど衝撃的だった。正直今までも一方的だなっていう印象は拭えなかったから。だから、そのイチノセがリカにはっきり断りの言葉を告げている場面なんて想像できなかった。イチノセは、アメリカで自分の夢を追いかけるらしい。それは、リカを振る理由になるのか、私には甚だ疑問だった。まだまだ子供な私には、好意を断るに値する理由は好意の有無だけだと思っていたから。だけど、リカがそういうならそうなんだろう。それでも、リカの表情や言葉は悲しそうだけれど、辛そうでは無かった。それが分かってしまうのは、私がリカの親友で、この先リカが選ぶ言葉をなんとなく察しているから。

「リカは世界の果てまでそのイチノセ君を追いかけるんやな」
「当然や!」
「ほんま、恋のパワーは偉大やなあ」
「せやけど、まあ失恋したんは事実やから、今日は失恋パーティーや!朝まで寝かさへんで!」

わざと大きな声で場を茶化すリカは、きっともう沢山泣いたのだろう。それでも、リカは失恋何かしてないよ。リカはまだ一度だってその恋を捨ててはいないから。撥ねつけられて踏まれても、リカ自身がその気持ちを抱え認め続けるならば、それはずっと恋のままだ。だけどね、リカ。それでも今日はやっぱり失恋パーティーだよ。親友のいない寂しさの裏側で、きっと私はリカに恋をしていたのだ。だけどそれも今日で終わり。世界の果てまでもイチノセを追いかけると決めた親友の背中を、心の底から応援してあげたい。それぐらいの良識をもった人間でいたい。だから、この恋心は誰にも言わずに私の心の中でその欠片だけを仕舞っておこう。

「追いかけてもええけど、リカはちゃんと大阪に帰って来てな」
「?勿論や」

その言葉だけを信じて、私はここで待ち続けるよ。大好きな親友の貴女を。







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