一之瀬君を想っているリカさんは可愛い。もっと正確に言うなら、一之瀬君を想って涙するリカさんは凄く可愛い。

ドリンクとタオルの数を確認しながら、秋はグランドに視線を向ける。正確には、気になる彼女を追っている。それでも手は次の作業へと移り救急箱へと伸ばされ中身に不足がないかをしっかりと確認しているのだから、秋のリカへの気持ちは誰にもばれない。勿論、リカ本人にだってばれていないし、ばれてはいけない。
リカに対して最初は、悪い子ではないけれど、今まで身近にいなかったタイプの女の子だから敬遠しがちな印象を持っていた秋は、日に日にリカを追う自分の目線の意味を、意外なほどすんなりと受け入れた。きっとこれが恋なのだと。だって、リカが言っていた。恋とは素敵なものだと。だから、自分がリカに向けるこの気持ちだってきっと素敵なものに違いない、と。

「秋、秋!」
「!どうしたの、リカさん?」
「あー、ちょっと足首捻ってしまってん、悪いんやけど手当てしてくれん?」
「当然、さ、ここに座って」
「堪忍な」

靴を脱がせて靴下を下ろす。確かにリカの足首は少し腫れていたが、そんなに酷くはない。しっかりとアイシングして置けば明日にはまた動き回れるようになるだろう。だから、今日は絶対安静だ。そう告げようと、リカの足から目線を上げれば丁度リカとかっちり目が合う。それは、リカが秋を見ていたと言うこと。秋は自分からは瞳を逸らさない。次第に照れくさくなったのか頬を染めたリカが俯いた事で二人の目線は漸く離れた。

「秋はほんまに可愛いなあ」
「…リカさん?」
「秋みたいに、可愛くて、女の子らしかったら、ダーリンは、」
「ストップ、リカさん」
「秋?」

リカの唇に自身の人差し指を当てて、リカの言葉を遮る。秋は、リカの一之瀬を想って揺れる瞳だとか心だとかを可愛いと思うし、綺麗だと思う。だけど、それは全てリカだから、そう思うのだ。だから、リカを否定するような言葉を、リカ自身の口から言わせたくはなかった。それに。

「私は、リカさんは今のままでも十分可愛いと思う」
「秋?」
「本当、一之瀬君には渡したくないくらい」
「え?」
「なあんてね、はい、手当て終わったよ。今日は念の為練習は見学してね」

はっきりと、リカの耳に届かなかった言葉を曖昧に濁して、秋は立ち上がる。リカも一瞬遅れてゆっくりと立ち上がる。言葉は届かなかったけれど、秋はなんとなく、自身の中からリカへの想いが溢れてくるのを感じていた。そしてそれを抑えようとはどうしてか微塵も思わなかった。恋とは、そういうもので構わない。遠慮はいらない、と秋は思った。

「ね、リカさん」
「なに?」
「私に、可愛いとか言うと、調子に乗っちゃうから、気を付けてね?」
「へ?」

一瞬、秋の唇が、リカの唇に触れた。しかしそれは本当に瞬間で、リカは理解が追い付かずにアイシャドウやマスカラで縁取られた瞳を大きく見開きながら何度も瞬きを繰り返している。秋はそんなリカを見ながら、化粧なんてしなくても、リカの瞳は十分大きいだろうに、と考える。
リカににこりと微笑んで、ベンチの上に置いた救急箱を整理し始める秋の様子は、日常の風景に溶け込んで、グランドにいる誰にも気付かれない。秋がリカに向ける想いにも誰も気付かない。

(明日から、一之瀬君はライバルね)

内心で一人言ちながら、秋は未だに放心状態のまま突っ立っているリカに、足に悪いから座るよう促す。秋の言葉に反応して、うっすら頬を染めたリカを、やっぱり秋は可愛いと思った。
そして秋は、決めた。明日になったら攫ってしまおう、と。そんな夢みたいな事を、思い描いた。






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