※中学生マーク→女子大生リカ。

その人は、いつもきっちりメイクを施していた。中学生の俺には、大学生の女と云うものの標準値がわからないから、その事に関して良いも悪いも判断しようがなかった。ただ、メイクとか服装とかの話ではなくて、俺は彼女を綺麗だなあ、と思っていて、なんとなく気になっていたのは事実だった。
俺とその人が会うのは、決まって俺の部活の帰り道だった。俺が家へと帰る途中、その人は俺の学校の方向へ帰って来るのだ。恐らく、その人は俺の家の近くにある私立大学に通っているのだろう。
ある日、いつもの帰り道、まだその人にはあっていない道の途中、もう子供たちの遊ぶ声も消えた公園で、見覚えのあるシルエットを見つけて、俺は足を止めた。ベンチに座って縮こまっているその影は、恐らくいつも擦れ違うその人だった。
泣いているのだろうか、そう思った。そして俺は公園に足を踏み入れる。いくら毎日のように擦れ違っているとはいえ、相手は俺を知らないだろう。通行人の顔を一々覚えている程、彼女も暇ではないだろう。それでも、放って帰ると云う選択肢は、俺の中には無かった。
薄暗い中で、彼女に近づけば近づくほど、彼女は泣いているのだとわかってしまう。俺より年上の彼女の姿は、今は俺よりも小さく映っている。じゃり、と俺の靴が砂を踏む音が一際大きく響いて、自分に近づいていた人間の存在に気付いた彼女の肩がピクリと揺れる。俺は自分が怪しい人間ではないと宣言する為にも、彼女に声を掛けなければいけなかった。

「あの、危ないですよ。この辺、変な人出るらしいし」
「あんたは違うん?」
「俺は、ただの中坊ですよ」
「ほんま、よく見るとそうやな」

怪しまれなかったことに、ふ、と息を吐く。今まで泣いていた筈の彼女は、突然現れた中学生にそれを悟らせないように気丈に振る舞っている様だった。だけど、そんな態度が俺には逆に痛々しく映ってしまう。

「はい」
「?何でタオル?」
「いや、泣いてたから」
「!なんや、ばれとったん?」
「すいません、出しゃばった真似して」
「んーん、おおきに」

年下のしゃしゃり出た行為にも笑って応対してくれる彼女が、すごく大人に映った。単純だとは思うけど、妙に悔しいのはどうしてだろう。名前も知らない者同士、こんな簡単に会話が出来るとは思ってもみなかった。

「あー、タオル洗って返したいんやけど、どないしよ」
「別にそのままで良いですよ」
「いや、それはアカン。ラインとか落ちて着いてもうたし」
「はあ…。あ、俺この道毎日通ってるんで、この時間帯にこの辺にいてくれれば会えますよ」
「そうなん?じゃあ今までもどっかで擦れ違ったりしとるかもなあ、」

毎日擦れ違ってますよ、とはさすがに言えなかった。だってそんなの、俺が彼女の事知ってるって教えるようなもので。それってなんだか俺が彼女の事好きみたいじゃないか。でもこうして次も話せるかもしれない可能性を手に入れ、内心浮かれてる自分がいるのも否定しようがない事実だった。直前まで泣いていた女性を前に不謹慎すぎるかも知れないけれど。

「あ、名前だけ聞いといて良い?」
「マーク、マーク・クルーガーです」
「へえ、なんやカッコいい名前やなあ」
「!どうも、貴女は?」
「ウチは浦部リカ、リカでええよ」
「リカ、さん」

真面目やなあ、そう言ってリカさんは俺の頭を撫でる。身長差はそんなにないがまだ彼女の方が靴のヒールの分も積まれて高い。子供扱いしないでほしい気持ちと、ずっと憧れていた人が今自分に触れている事への動揺がごちゃ混ぜになって上手く言葉を発する事が出来ない。
その後、リカさんは、先程までの涙が嘘だったかの様に笑って公園を出て帰路に就いた。残された俺は暫く放心した後、ふいに我に返り、今日の思わぬ収穫に小さくガッツポーズを作って「よっしゃ!」と呟いて走って帰った。






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