夕暮れ時、買い物の帰り道でふと鼻を掠めた香りに足を止めて辺りを見渡す。春奈が見つけたのはとある住宅の外壁の上から覗く金木犀だった。その木の下まで足を進め、暫くぼうっと見上げたまま止まる。
もう秋が来たのだ。そう悟った瞬間、何かをしなければ、とゆう衝動に襲われる。
春は校庭の桜に蕾が膨らむのを見て花見をしようと決めた。夏は冷蔵庫の野菜室に窮屈そうに納まるスイカを見て海に行かなくてはと思った。
だから今。この金木犀を見上げて何かしようと気持ちばかりが急ぐ。
読書の秋とか、芸術の秋とか、食欲の秋とか確かにそうだけれど。
春奈がしたいと思えるのはそういうものではなかった。春奈にとって大事なのは何かではなくて、誰との部分だったから。そう内心で一人ごち、再び歩き出した春奈の少し向こうから走ってくる誰かを認めた瞬間、春奈も駆けた。
やってきていたのは予想通りの立向居で、春奈に会うまでずっと走っていたであろう彼の頬は赤かった。それでも大して呼吸を乱していないのは流石である。

「帰りが遅いから心配したよ」

そう言ってさりげなく春奈の手からスーパーの袋を奪う彼は本当に真摯だ。敢えて言うなら、心配の前に「僕が」と加えてくれれば尚良かった。

「金木犀を見てたの」

最近歩いてるとよく香ってるよね、と言えば立向居もああ、と納得した様に歩き出す。

「もう秋だし、折角だから何処か出掛けたり、何かしたいけど…。秋って何かあったっけ」
「紅葉狩りとか?」
「でも葉っぱが真っ赤になるのって結構寒くなってからじゃなかった?」

そうしたらきっとすぐ冬が来て、また何かしなくちゃと思うの。忙しいな。

「じゃあ冬が来たらコタツを出して一緒に丸くなるとか」

コタツは良いかもしれない。でもどうせ貴方は真冬であったって構わず外に飛び出してサッカーしてるんでしょう。呆れたように言えば立向居君は笑いながらそうかも、と私の手を握った。

「どんな季節でも、何をしてても。隣に音無がいてくれれば充分だよ」

ただの帰り道が妙にロマンチックになったのは、彼と秋と金木犀の香りのおかげ。
そう結論付けて、春奈は立向居の手をそっと握り返した。






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