掴み損ねたマグカップが、重力に従い落下する。がしゃん、と云う音の一寸次にはそれは只のガラスの破片となって床に飛び散っていた。
一瞬、唖然とする後に直ぐ様リカにすまない、と謝罪する。今俺が居る場所はリカの部屋で、俺が割ってしまったマグカップもまたリカの物だった。
リカはこれは客人様の物だから、そんなに気にしなくても大丈夫だと言うがそうはいかない。飛び散った破片や中に入っていたコーヒーの片付けを手伝いたかったのだが、この部屋の勝手がよくわかっていない俺は結局清掃作業の殆どをリカにやらせてしまった。本当に申し訳ないとまた謝った。リカは本当に気にするな、と笑っていた。だがもし、これでリカが俺に対してマークはそそっかしい人間なんてイメージを持ったら。そう考えるだけで俺のテンションは右肩下がりだ。
実際問題として、俺が完璧な人間かと聞かれたら当然答えはノーだ。俺にだって得意不得意好色嫌悪が満遍なく存在している。だがしかし、自分が好意を寄せる女の子の前でくらい完璧な、と迄は行かずとも、良く映るような自分でいたいと思うのは一種の道理だろう。そして俺にとってのその好意を寄せる女の子と云うのがリカであって。つまり俺はリカに格好良く思われる様な男でいたいのだ、が。今まで女の子に好かれる事はあれどここまで好いた事のなかった俺は、どうすればリカの前で格好良くあれるのかが今一つ分からないのだ。リカと居ると妙に気張ってしまって変なミスをする事が多い。この間なんか隣りを歩くリカばかり見ていた所為で思いっ切り電柱にぶつかった。流石にこれにはリカも驚いて病院に連れて行かれそうになった。何とかそれを平気だと断って、カズヤに事の顛末を話せば笑顔で「病院で頭診てもらいなよ。精神的な意味で」と言われた。最近のカズヤは何だか俺に冷たくないか、恋愛相談的な意味で。
以前リカと一緒に出掛けたくて映画に誘おうとしていた時、彼氏でもない男からデートに誘われるのは日本人的にどうなんだろうかとカズヤに相談した事がある。その時のカズヤは俺の小さな不安から大きな不安迄を聞き終えた後に「女子か、」の一言で片付けた。まあそのお陰でリカを映画に誘う勇気も出せたのだからカズヤ様々だ。

話が大分脱線してしまったが、リカは床を掃除し終えるとまた新しい飲み物を用意しだした。そして今度はマグカップを直接テーブルに置いた。

「今度マークが家に来る迄にマーク専用マグカップ用意しとくから、それは割らん様にしてな」

そう言って笑うリカはきっと世界一可愛い女の子で、俺は凄く彼女を抱き締めたかったけどその衝動を何とか抑えきった。そして折角だからそのマグカップは今度二人で一緒に買いに行こうと約束して、その日は帰路に着いた。

「ねえマーク、まさかとは思うけど、最初にマグカップ落としたのってうっかりリカの手に触れちゃって動揺したとかじゃないよね」
「凄いなカズヤ。何でわかったんだ?」
「女子か!!」





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