プラネタリウムに行きたいとまた前置きもなく突飛な提案をして来た塔子に綱海は一言「俺は絶対寝ると思う」と返した。言い換えれば他の誰かを誘って行って来いと伝えたつもりだったが塔子の前向きな頭は綱海の言葉の前に「行ってもいいけど」という自分にとって最も都合の良い一言を補完したらしい。気付けばサーフィンをしに行こうと準備を終えて玄関に向かって歩を進めていた筈の綱海の体はまわれ右、ついでに階段を上って一番手前の部屋に連れて行かれた。綱海の手を引いて意気揚々とこの部屋へやって来た塔子はそのままパソコンを立ち上げている。多分ネットで一番近くのプラネタリウムやそこのプログラムを調べるつもりなのだろう。それなら別に一人でも十分じゃないかと思うが鼻歌混じりにご機嫌な塔子を残してこの部屋を出て再び玄関に迎える程綱海は彼女に無関心じゃなかった。そもそも塔子が言い出したことに対して、現在塔子の家に泊まっている綱海に拒否権らしきものは与えられていないのだ。勿論、そんなもの真剣に求めたりはしないが。
パソコン前の椅子は塔子がどっかり座り込んでしまったから、壁際にあるベッドに腰掛けて中々に流暢にキーボードをタッチする塔子を眺めていた。綱海はあまり、パソコンが得意ではないのだ。綱海の欲しがるものは、大抵あの機械から得られるものではなかったりする。昔は海で一日中遊ぶ時間が欲しかった。今はサッカーとこうして塔子と過ごす時間だったり、とにかく自分の行動次第でどうこうならないものを、綱海はあまり求めない。だからだろうか、星に興味を持ったことなんて今までなかったように思う。そもそも塔子は何だって急にプラネタリウムなんて興味を持ったのだろうか。答えは多分、何となくのような気がするから、尋ねるのは口を噤んだ。

「あったかー?」
「何かちょっと遠い」

上体を乗り出して画面を見入る塔子の顔は横顔しか見えない綱海からも察せられる程に顰められている。あの行動派の彼女がここまで渋い顔をするのだからきっとちょっとではなくかなり遠いのだろう。自転車では取り敢えず無理なのだろう。電車という手段もあるだろうがそもそもプラネタリウムとは駅の近くだなんて好条件な場所に立地しているイメージが無い。

「しかも今上映してるの星関係ないプログラムだ」
「それじゃ駄目なのか」
「当たり前じゃん」
「じゃあプラネタリウムはお預けだな」
「んー」

塔子はどこかまだ納得のいかないといった表情で手元のマウスを何度かクリックしては小さく息を吐く。彼女の求める条件に合致するプラネタリウムはこの近辺には無いらしい。綱海はぼんやりと星空よりも海の方が自分は好きだなあと考えてみる。今これを塔子に告げても知ってる、と素気無く返されるのがオチだろうか。
綱海は塔子が好きだ。塔子も自分を好いてくれていると思う。デリカシーは人並みからすると少しばかり足りないかもしれないが、好きでもない女子の自宅に入り浸る程ではない。その辺りは塔子だって分かっている。恋愛の二文字からは程遠い二人だけれど、今自分達が向け合っている気持ちの名前くらいは理解している。ただ言葉を使うのが本当に下手くそな二人だから、無理することなくこうして二人傍で過ごしているのだ。
ふと、塔子は空が好きなのだろうかと、少し飛躍した想像が綱海の脳裏をかすめる。今更誰に報告するまでもなく、自分は海が好きだから。塔子が空の方が好きだと言ったらこれは擦れ違いなのか、と第三者がいれば明らかに違うと正してくれそうな勘違いを起こしそうになる。

「塔子は何でプラネタリウムになんか行きたいんだよ」
「何でって?」
「塔子は空とか星が好きなのか?」
「綱海?」
「海よりも好きなのか?」

訳が分からないと言いたげな塔子に綱海も内心自分でも訳が分からなかった。海の様に広い心を持っていたかったのだが、案外自分は器量の狭い男だったらしい。単純な話だ。プラネタリウムとか、星だとか、空だとか、そんなものに嫉妬して挙句の果てにそれを塔子本人にぶつけているのだから。パソコン前から立ち上がり綱海のとなりに腰かけた塔子は、綱海からの質問を真に受けたのか腕を組んで真剣にうんうん唸る。答える必要などない問いである。それでも答えようと必死になる塔子の姿が嬉しいから綱海はただ黙っていた。

「空とか、星とかは確かに好きだよ。サッカー程ではないけどさ」
「そうか、」
「でもあたしは海も好きだよ。綱海が大好きな海が、あたしも大好きだ!」

当然、綱海のことも大好きだ、と笑う塔子の言葉を、綱海の頭が理解して咀嚼して次の言動に繋げるのに、多分通常よりも多くの時間を要した。滅多に照れるとかそういったことをしない綱海の頬が、ほんの少しだけ赤みを帯びたのを、至近距離だったが故に見逃さなかった塔子は首を傾げる。果たして自分は変なことを言っただろうか、と。
一方の綱海は上昇した体温で乱れる思考回路で考える。そしで気付く。今度は、自分が塔子の家に泊まるのでは無く塔子を自分の家に招待しようと。これまでは女子に長旅をさせるのが申し訳なくて、自分が塔子の元を訪れるのが多かった。だけど今回ばかりは塔子に沖縄まで来て欲しい。自分の生まれ、育った場所は、空も、星もきっとこの都会よりずっと澄んで綺麗だから。そして何より海がある。自分が好きな、塔子が好きだと言ってくれた海、全てがある。そこで一日中二人きりで過ごすのだ。そんな時間を、塔子を、綱海は何よりも欲しいと思った。






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