二人でいたって、間を吹き抜ける風は絶えず行き交い、手袋を忘れた両手は感覚を失う程に赤く腫れている。
握られたって、握り返しては上げられないから、この右手はこのまま真冬の木枯らしに晒されたままでいいのだと、冬花は真っ赤な頬と鼻を笑顔に添えて呟いた。
フィディオは、本当は寒さに耐える冬花の右手を握りたいと思っていたし、その頬と鼻を温める為に自身のマフラーだって厭わず冬花に差し出してやりたかった。
それでも冬花の優しい拒絶がいつだってフィディオのあと一歩を地面に縫い付けてはそこにいろと釘を差す。
穏やかな人柄に女性らしさだけを見出して近付けば直ぐに極寒の氷柱で刺される。
それでも何度も何度も冬花に向かって手を伸ばし足を踏みだそうとするフィディオを、冬花はおかしそうに眺めている。
冬花の世界は狭かった。父親と友達と仲間。構築された柵は、抜け出す事は許せど入り込む事は許さなかった。

「フィディオ君はおかしいね」

楽しそうに、冬花が笑う。
そしてフィディオも、確かに冬花の言う通りなのかもしれないと思う。
友達でも恋人でも家族でもない、一人の少女に抱くこの執着の名前と行方を、フィディオはいつも量り倦ねている。
恋ならば、もっと身勝手な方法を取ることだって出来るはずで。
愛ならば、もっと遠くから見守ることだって選べたはずで。
とかく、フィディオは冬花に触れたかった。
冬花が生きている以上、その皮膚の下に血を流している以上。冬花に触れればそこに必ず熱を宿している筈で。
だけどフィディオは、冬花相手に限ってそんな常識を信じなかった。
もしかしたら、彼女は氷で出来ているのかもしれない。それとも、積もったばかりの柔らかな雪の塊なのかもしれない。
触れたなら、彼女は砕けて溶けてしまうかもしれない。
そんな迷信じみた憶測が常にフィディオの脳裏を掠めては去来を繰り返す。
そしてそんな妄想に囚われながらそれでもフィディオは冬花を温めなければいけないのだと盲信している。

「君を抱き締めたいんだ」

告げた言葉は真っ直ぐに冬花に向かえども彼女が纏う氷壁に阻まれる。
冬花は微笑み、フィディオは只立ち竦みそれでも視線を逸らす理由すらなくそのまま。
冬花は真冬の風を受けながら、フィディオを見詰め返すようでいて結局はフィディオを通り越した先にある何かを見ていた。或いは、何も見ていなかったのかもしれない。
一歩を踏み出すことなど出来ぬまま、フィディオは腕を伸ばしその指は冬花の頬に触れた。
恐らく氷の様に冷えきっているのであろう冬花の感触は、同じように長時間この寒さに晒され続け悴んだフィディオの指先の小さな面積では伝わりきらなかった。
冬花はほらね、とやはり微笑んだまま、フィディオから一歩後退る。
それだけのことでフィディオの指は再び冬花から離れてしまう。
今一度、二人の間を強く風が吹き抜けたならば、きっとそれが最後。
開いた距離を埋める術すら知らず、フィディオは只微笑む冬花にさよならと呟いた。






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