玉子焼きを作ろう、とふと思い立ち冷蔵庫を開くと中には卵が二つ残っている。玉子焼きはこの卵達で作れるが、そうすると明日の朝ご飯で目玉焼きを作ることが出来ない。そうでなくとも卵が冷蔵庫に入っていない状態は些か心許ない気がした。何と言っても割って焼くだけで一品の料理となるのだから、急に食卓にあと何か一品足したい時に卵が無いときっと困る。その分夏場は特に消費期限には気を付けなくてはいけないが。
時計を見ると午後五時過ぎで今からスーパーに行って帰っても夕飯の準備に何の支障も無いだろうと考え、階段を登り自分の部屋に置いてある鞄の中から財布だけを取り出す。携帯はスカートのポケットへ、財布は手に持ったまま。
リビングへ顔を出し、ソファで新聞のスポーツ欄とテレビ欄をやけに熱心に読んでいる吹雪さんに少し卵を買いにスーパーまで行ってくると告げると、んーと言う生返事の後に何か買いに行くの、と説明したばかりの事を質問される。面倒な人だと思うが何故か私は嫌いな訳ではない。何でも要領よくこなしてみせる吹雪さんが時折覗かせるこうした人間くさい部分を自分が独占しているのだと思うと、誰に対してかはわからない優越感が生まれる。

「卵が切れそうなので買い足しに行くんです」
「今から?明るいけど夕方なんだから危ないよ。」

だからある物で夕飯作りなよ、と言う吹雪さんの言葉にえー、と抗議する。吹雪さんは結構な亭主関白で、いつもこの今座っているソファにどっしり構えているだけだ。夕飯作りを手伝ってはくれないし、こうして夕方外に出ることを心配してはくれるけど、じゃあ一緒に買いに行こうか、とは絶対に言ってくれないのだ。

「じゃあ吹雪さんは夕飯、何が食べたいんですか?」
「オムライス」

今卵が切れそうだと言ったばかりじゃないですか、と呆れた様に言えば吹雪さんはいつもの女子を引っかける時とは違った笑い方をしながら知ってるよと言い、丁寧に新聞を畳んでソファから立ち上がった。

「お風呂ですか?」
「やだなぁ、卵を買いに行くんでしょ」

笑ったまま私の手を引き玄関に向かう吹雪さんの背中を眺めながら、今日は絶対オムライスの卵を破らずに焼き上げて、ケチャップで大袈裟なくらいのハートを書こうと決めた。





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