【砂糖菓子のように甘く/よねうさ】「味見する?」 差し出されたのは栞の指先で掬われた湯煎したチョコレート。厭らしさなど微塵もない。だから此方にも下心などないのだと栞の指を口に含み舌でチョコを舐め取り離れる。そうして米屋が顔を上げると、真っ赤な顔の栞がいた。何だこれ。急に口の中が砂糖の塊を噛んだように甘く感じられた。

【全部全部、君のせい。/伊神】全部君のせいだと、伊調は顔を歪ませて神峰を突き飛ばした。よろめく神峰を睨みつけ、彼は服の胸元をキツく握りしめる。「君が悪いんだ神峰翔太、君のせいで僕はいつも胸が痛い!」だから消えてくれと叫ぶ声に神峰は従わない。だって彼の心がどこにもいかないでと神峰に訴えているのだから。

【こんなにも愛されている/風修】 表情や言葉だけを愛情の指針にするならば修はきっと愛されていない人間に分類されるのだろう。だが本部で偶然すれ違った瞬間絡まる視線だとか、僅かに上がる口角や髪を撫でる優しい手つき、名前を呼ぶ声音の全てを思い出しながら修は目を閉じた。ぼくは風間さんに、こんなにも愛されている、と。

【嘘の質量/拓茜】 「シン様は憧れ」 そう、茜ははっきりと宣言した。正面から彼女の顔を見つめている水鳥にはその言葉が嘘だと直ぐにわかる。誰に隠してもいいから、自分にくらい正直であるべきだ。小さな嘘を重ねて、真実の質量に近付けて、その重さに傷付いてしまわぬように。不器用な親友を、水鳥はそっと抱きしめた。

【どうでもいいよ、そんなこと/タケキャサ】 「お姉ちゃんのサイン、どうしよっか」 明日には神威島を出るキャサリンにタケルが掛けられる言葉は、唯一交わされた約束の行方の確認だけだった。「どうでもいいわよ、そんなの」キャサリンの「お別れなのよ」という呟きと彼女が俯いた拍子に床に落ちた水滴を見て、タケルもまた無性に泣きたくなった。

【50/50/ヒロなる】 ねえヒロさん、好きな人とそれなりに仲が良くて、メールしたり二人きりで会ったりするようになってから告白して成功する確率は失敗する確率と50/50なんでしょうか?「なるちゃんは数学苦手なんだね」やっぱり違いますよね…人の気持ちですし。「でも俺に告白して成功する確率は100%だよ」……ほえ?

【黙って泣きやがれ/瞬天】不自然な笑顔を貼り付けて仲間たちの輪の中心に立っている天馬を見ていると、瞬木の苛立ちは募る。何故連中は気付かないのか。何故彼はそこまでして笑うのか。理解できないものに妥協して距離を取るのは止めた。乱暴に腕の中に閉じ込めた天馬に「黙って泣け」と告げれば細い肩はあっさりと震えた。

【独り占め/ひなやち】二人乗りはよくないとわかっていたが、仁花は日向が漕ぐ自転車の荷台に腰を下ろした。手の置き場に困っていたら、腰に腕を回すよう言われおずおずと従う。近い。「日向の背中、独り占めだ」呟きはしかと本人の耳に届き「いつでもどーぞ!」と笑う日向に仁花は図らずも逃げるように抱きついていた。

【Marry me?/オサキト】修の中で木虎は大切な女の子だった。けれど女の子である必要もなかった。そんな存在を仲間や友と呼ぶのだと思っていた。だが木虎は修の認識は間違いだと言う。事実として女の私と今向き合えと言う。要求通り熟考した結果なのだ。「結婚しようか」の言葉に対し拳を繰り出すというのは如何なものだろう。

【どうにかなってしまいそう/東綾】自意識過剰の言動と巻ちゃん巻ちゃんと喧しい声が嫌いだった。その声が今、綾の耳元で彼女の名前を呼んで、それから――。囁かれた愛の告白にどうにかなってしまいそうなほど惚けてしまった自分の単純さがただ憎たらしく、またいつもの泰然さはどうしたのか不安げな東堂の顔だって綾は見たくなかった。

【若いときには無茶をしとけ/準利】 準太に買って来いと頼まれた飲み物は校内の自販機全てで売り切れていた。その旨を携帯で伝えればコンビニまで走れとなんて無茶を言う。「若いんだから頑張れ」たった一つの年の差を都合よく振りかざす先輩の難題に、しかし利央は逆らえない。この従順さを、もっと準太が愛してくれたらいいのに。

【目を閉じれば/凰翔】目を閉じれば、今でもあの夏の興奮を思い出せる。過ぎ去った時間、最高という感覚、未来への分岐点。十二才なんて、子どもじゃないか。過去の余韻に浸るには若すぎる。目を開ければ、凰壮の傍には通り過ぎることなく笑っている翔がいる。それだけで、何もかも悪くないと思えた。最高は一つじゃない。

【制限時間はあと一分/フェイベタ】「あと一分しかないですよ?」楽しげに顔を寄せてくるベータとの距離は唇が触れ合いそうなほど近くて、寧ろ彼女はそれを狙っているのかもしれない。唇を引き結んだフェイは素早く彼女の頬にそれを押し付けた。頬なんかじゃつまらないと抗議する声は黙殺する。どこにしたってキスはキスなのだから!

【愛の逃避行/いつれい】ファンはあくまでファンであって特別の個人ではない。れいなにしつこく連絡先を尋ねる男性ファンに自分でも驚くくらい腹が立ったいつきは咄嗟にれいなの手を引いてその場から連れ出したけど、暫くは戻らない方がいいかとれいなの手を握る。エスコートとは程遠い逃避行、男の子の力強さだった。

【貴方の心臓が欲しい/緑遊】 「遊真先輩の心臓が欲しい」緑川の自信に溢れた表情と言葉にに、遊真は何も答えない。緑川は遊真に「好き」と囁くことと「心臓が欲しい」と願うことを同列に行う。占有を望むその、好きな人の心臓の重さを知らない無邪気が自分たちの断絶の境界なのだとわからせることもただただ億劫なだけだった。

【距離のつかみ方/ショウあい】ショウの二歩後ろに立つととても落ち着くことにあいらは気付く。怪訝そうに振り向く彼に何でもないと誤魔化し隣に並んだ。しかしこの位置はどうも落ち着かない。心臓が破裂してしまいそうだった。この距離感は正しくないとまた二歩下がろうとしたあいらの腕をショウが掴んだ。逃げられない、幸せ。

【愛してはいるんだけど/太刀国】どうして付き合わないのと聞かれても、国近は困ってしまう。太刀川と付き合いたいと思っていないのだから当然だろう。でも好きでしょと言い募る出水の頬に、国近は親愛のキスを贈る。好きなんて、キスと同様に容易い言葉だ。「愛してはいるんだけどね」国近の言葉に出水は納得いかないと唇を尖らせた。

【ヒロなる/また明日】「それじゃあまた明日」大丈夫、次を約束できる親しみを武器に、頼りない夕暮れの別れ道にだって果敢に臨めるんだ。「もうちょっとだけ、駄目ですか?」だけどそうだね、なるちゃんが口にした小さな我が儘。引き止める指先の頼りなさが愛しいから僕らは今日も離れがたさに恋を積み上げている。

【とりこな/大人になって、それからどうするの】大人になってどうするのと聞かれても人間いつかは大人になる訳でまあ俺は安定した会社に就職して(ボーダーの方が高給だったら迷うな)家族の負担を減らせるようになりたいっていうのが一番で後は小南先輩をお嫁に貰いますっていうのは嘘ですから赤くならないで下さいまあ吝かではないですけどね俺は。


*お題はすべて『140文字で書くお題ったー』さんより




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