いつからか、半歩前を歩く立向居君の服の裾を掴んでしまうという悪癖を身に付けてしまった。
不思議そうに私を振り返る立向居君を眺めながら、私も同じ様に不思議そうに首を傾げる。
いつの間にか、私の右手は私の思考回路から独立して勝手な行動を取るようになってしまったらしい。

「音無さん?」
「何でしょう?」

意地悪な返答に立向居君は答えに窮して私に掴まれたジャージの裾を見やる。離してあげれば良いのだろうか。
でも離したら彼はまた前を向いて歩き出してしまうだろう。
ああ、思い出した。今思えば私の奇行はきっと立向居君がこの世界大会が終わったら福岡に帰ってしまうとやけにリアルに差し迫って感じ始めたからだ。
遠いですねと呟いた私の横で、世界の広さから考えれば同じ日本なのだから近い方だと微笑んだ立向居君を、薄情だと思った。
距離ではなくて、気持ちを汲んで欲しかったと告げるには遅い。寂しいと伝えるにはまだ早い。
ずっとこのままならばと指先に込めた力は確実に彼のジャージに皺を作る。それすら洗濯するだけで消えてしまうのだからやるせない。

「手、繋ごうか」
「…え、」
「今は、まだ繋げるんだし」
「うん、」

差し伸べられた手を握る権利は、とっくに手に入れていた。距離が開いたくらいで手放すつもりもない。

「あと、」
「……?」
「斜め後ろじゃなくて、隣を歩いて欲しいな、なんて…」
「え、」
「出来れば、日本に帰っても、ずっと」

自分で言っていて恥ずかしくなって来たのか、立向居君の顔や耳がどんどん赤くなって行くのを見詰めながら、じわじわと自分の体温が上がっていくのを感じてとっさに下を向く。
既に繋がれた右手は今確かに私と立向居君を一つに結んでいる。
内側から広がる安堵感はきっと、立向居君がくれたもの。
だからこの恥ずかしさが治まったら覚悟して下さい。
私達が幸せなおじいちゃんおばあちゃんになるまで、私は貴方の隣りを誰にも譲ってはあげませんから。








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