※マルコ→夏未→?からのマルコ×夏未

触れ合った手に宿る熱がひどく遠い。陽気な言葉に隠された下心に気付かないほど、無知で世間知らずだったのなら、私はきっと貴方に恋だって出来たでしょうに。どこか遠い国の街中で、ただ擦れ違って気付きもしない、そんななんの接点もない二人を繋いだ何かを、私はただ探しているのかもしれない。

「ナツミは今日も可愛いね!」

イタリア人の常套句なのか。それともこのマルコの常套句なのか。この言葉は褒められている筈の自分の容姿をひどく陳腐に感じさせる。貴方は好意を寄せる相手を表現する言葉に、そんな薄っぺらい物しか選べないの。捻くれた厭味は自分の思考回路の中でぐるぐる回って行きどまり。汚い言葉は結局私の気持ちを重たくしただけだった。差した日傘で不自然にならない程度に顔に影を作る。誰にだって、他人と顔を合わせることすら億劫になってしまう日がある。それが偶々私にとっては今日だったのだ。それなのに、マルコに出くわして、引き留められて、意味のない言葉をただ一方的に受け取っている。空気は読むものでは無くて吸うもの。確かにそうでしょう。だけど私の顔色を伺うくらいの気遣いは持つべきだわ。外になんて、出るんじゃなかった。雲ひとつ晴天の下、何故私はこうも一人顔を顰めなければならないの。

「ねえナツミ、この後暇?」
「ええ」
「じゃあ一緒にジェラート食べにいかない?」
「イヤ」
「えー」

わざとらしい抗議に、返答なんていらない。私が一度だってマルコの誘いに乗った事ないの、知ってるものね。大体ナンパに失敗した筈の相手にこう何度もしつこく声をかけるなんて一体どんな神経をしているの。以前そうマルコ本人に尋ねれば、曖昧に笑ってイタリア人ってポジティブなんだよ、と答えた。そしてその時、私はマルコの気持ちをなんだか察してしまったから嫌だ。この人、私の事好きなの。馬鹿げた自惚れの証明はいつだってマルコがしてくれる。だから私はハッキリ告げた。私、あの人の事好きなの。マルコは今度は苦笑いして小さく知ってる、と呟いた。お相子ね、私達。その時、私は初めてマルコに笑い掛けたの。恋の痛み分けはちっとも二人の中を取り持ってはくれなかった。必要もないけれど。それでも、私に話し掛けるマルコと、それを適当に流す私。それって、一体どんな言葉で形容される関係なんだろう。顔見知り、知り合い、友達。浮かぶ言葉のどれもに、しっくりせずに首をかしげた。全てが中途半端すぎて、物事に潔癖な性分が顔を出してひどく落ち着かない。マルコは曖昧なままが良いのだという。それってまだ俺にもチャンスがあるってことだから、らしい。

「ねえマルコ」
「んー?」
「私の恋が、散ったら」
「……」
「貴方の前から姿を消すと、私が決めていたら、貴方どうする?」

苦痛を紛らわす道具に、人間を用いてはいけない。生まれた時から授かっている本能と社会で生きるうちに身につける倫理が告げる。私が定めた在るべき理想の私として生きたいのなら、マルコの優しさに縋る前に離れなさい、と。貴方の恋が散った時、果たしてそれはイコールとして貴方が私の前から姿を消すという答えに直結しているのだろうか。思えば、私はマルコの恋心の理由も知らないし、彼が普段どんな生活をしているのかもしれない。サッカーをしている。その情報しか持っていなくて、そしてそれ以上はいらなかった。
マルコは、一体どんな私を知っていて、私を想うのだろう。いつから、いつまで。気付けば私は恋の終着点ばかりを探している。大人になる内に、どれだけの出会いを繰り返して、零して離れて忘れていくんだろう。きっと、この目の前のマルコとの出会いだってその中の一つに違いない。

「ねえナツミ」
「なあに?」
「それって、俺の事好きって事?」
「は?」
「ナツミは真面目だから、俺を利用してるみたいでイヤなんでしょ?あの人の事本当に好きだったから、次に好きになった俺をただ逃げ場所みたいに感じて自分で自分を責めるんだ」
「………」
「それから、さっきの答えだけど、ナツミが俺の前から消えようと決めたって意味ないよ!俺は追いかけるし、その前にこの手は絶対離さない」

不意に、握られた手の熱が、遠い。普段ならそれは心の距離だった。何も感じないから、何も宿らない。だけど、今、感覚と思考がばらばらに切り離されてしまったみたいで、上手くマルコの言葉にも行動にも対応出来ない。私は、マルコを好きだとは言っていない。だけど、確かにあの人への恋は散ってしまっている。自分で散らせた。それが、私がマルコの事好きだという事になるなら、私はどうするべきなんだろう。目の前の、陽気な、軟派な男の発言を鵜呑みにして本当にいいものだろうか。

「ねえ、ナツミ、ずっと君に言いたかった言葉があるんだ」
「ん?」
「俺、ナツミの事好きだよ」
「…知ってるわ」

下手くそね、色々と、貴方。でもそれで良いのかもしれない。上手く技巧を凝らしても、結局人の心に響くのはありのままの言葉なのかもしれないから。その点では、きっとマルコは凄く優秀。
空は相変わらず雲一つなく澄んでいる。そして気付けば、私の心の鬱屈もいつのまにか消えていて、マルコはいつもの様に笑っている。取り敢えず、私も笑ってみる。繋がれたままの手が、凄く熱い。






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