01

 円堂守は、サッカーが好きだ。それはもう、三度の飯よりサッカーが好きで、だけど食べることも好きだった。食事も睡眠もよりよいコンディションでサッカーに臨むための条件であるのだから、好きだった。そんな円堂の、学生の本分である学問に於けるモチベーションの低さといったらそれはもう酷かった。疎かにしているのではなく、全ての力をサッカーに注いでいるのだから他に回す余力など残っていないのが現実だった。
 そんな円堂が、唯一やる気を以て取り組む学科が体育である。しかし全国大会に出るメンバーがごろごろと生息しているこの学校に於いて授業でサッカーをやることなどまず無かった。学校側は、親から預かっている大切な生徒が丸焦げになったり、ぺんぎんに突かれたり、氷漬けにされたりなんてあらかじめ予測出来る事態を避けない訳が無かった。それでも勉強よりは体を動かす方が俄然やる気がでる円堂は、体育ならば基本的に何でも良かった。
 ドッジボールをやる。体育委員が体育教師から指示を受けて既に白線で校庭にコートとなるラインを引いている。それ以外はチーム分けをどうするかを相談中。ひとクラスを分割するのに、ぐっちょだとかぐっぱだとかは向かないと、子供は遊びの経験で学んでいる。結局クラス番号の奇数偶数で分けた。サッカー部のゴールキーパーである円堂は、ドッジボールの時は割と歓迎される部類の人間である。しかし絶対必殺技は出すなよと釘を刺される。正直、円堂がドッジボールで必殺技を使えば彼のいるチームが圧勝する。前科持ちの円堂は、うっかりパンチングしないようにと、そればかりを気にしている。そうしていると、体育教師がやって来て、漸く始業の笛を吹いた。
 体育教師の名は、島村ジョーといった。本当に体育教師かという風貌をしていて、性格はよほど道理に外れたことをしない限り生徒を叱らないような穏やかさ。寛容というより、我慢の利かない最底辺を知ってしまっているが故に妥協を良しとしている人間である。そんなんだから、時に生徒に舐められる。そういった生徒というのは優しさと甘さを履き違えているから、いとも簡単にジョーを怒らせる。そうしたら最後、目にも止まらぬ速さで捕まって座らされて怒られて泣きを見る。島村ジョーは、見てくれ以上に運動能力がやたらと高かった。

「先生もやろうぜ!」

 そう声を掛けたのは円堂で、異論の声は上がらない。しかし無言の、円堂と敵チームに入るという前提を、当人達もしかと自覚している。一応バランスが崩れないようにと、チームの人数を確認してから問題ないとコートに入る。ボールは円堂側のチームからで、外野には豪炎寺がスタンバイしている。基本的に円堂はキャッチと遠投には自信があるが、ドッジボールの勝利条件である相手チームの人間にぶち当てるという面に於いては豪炎寺の方が適任だった。体を動かせればいいという割には、こういった勝負事となると全力で勝ちに来る円堂に、クラスメイトはいつも肝を冷やし犠牲となり敗北者となるのである。ジョーを加えただけどどうなるものかと、彼と同チームの風丸は溜息を吐いた。こんなことなら最初から外野に回っていれば良かったと、思わずにはいられない。

「じゃあ行くぞ!」

 円堂の掛け声と共に始まった試合は、思いの外白熱した内容となった。円堂と豪炎寺のコンビネーションはそれはもう見事だった。風丸は早々にキャッチを諦め避けることに徹する。ジョーも回避に於いてはこの上ない身のこなしだったし、中学生レベルの投げる球なら平気で受け止められる。結果、勝負は円堂側の負けで終わった。ジョーが、円堂を当てて外野に出した。これが決定的な要因。キャッチしてから投げるまで、本当に一瞬の出来事で、当たった円堂本人がぽかんとしてしまうような、そんな一瞬。それを見ていた豪炎寺、風丸を初め、生徒の大半が思った。大人げないと。しかし円堂は、元来さっぱりした性格なので悔しそうではあったがそのまま外野に出た。寧ろ今やっている試合を早く終わらせて次の試合でまた勝負したかったのだろう。結局チャイムが鳴って次の試合をすることは叶わなかった。

「島村先生強かったな!」
「円堂腹に食らってたけど大丈夫か?」
「サッカーで散々食らってるんだぜ?余裕余裕」

 教室で着替えながら、風丸が円堂の身を案じる。風丸もなんだかんだで最後まで内野にい続けていた一人である。そんな二人の横で、黙々と着替えながら豪炎寺は思う。今日のジョーは、珍しく授業に影響が出る程ごきげんだったのではないかと。案外子供っぽい所がある人なのよと、豪炎寺は以前聞いたことがある。それを豪炎寺に教えてくれたのは、この学校の英語教師で、だけどフランス人だった。彼女の名前はフランソワ・アルヌールといって、生徒たちにも大人気の優しい女教師だった。そして、体育教師の機嫌を良い風にも悪い風にもいとも簡単に左右してしまう彼の恋人だったりするのである。次は、彼女の担当する英語の授業だ。

02

 豪炎寺修也に、これといって苦手な科目はない。五教科、その他実技もそつなくこなす。人前で歌う音楽のテストだけはどうにも億劫だが、自分以上に憂鬱そうにする鬼道と出会ってからはあまり口にしないようにしている。豪炎寺は、やはり英語もこれといって苦手意識を持ったことはなかった。父親の家業のこともあるのだから、英語が出来るに越したことはないだろう。中学で習うレベルの英語が、医学に於いてどれほど役立つかは、まだ幼い豪炎寺は知らないが。
 今この教室で教壇に立っているフランソワーズは、フランス人だという。ならフランス語の教師になるのが普通ではないのかと以前彼女に尋ねたら、「日本の学校には沢山日本人の英語教師がいるでしょう?」と微笑まれた。最初は例えがよく分からなかったのだが、フランスで英語を教える分には私はそんなに浮いては映らないでしょうねと言われた瞬間に理解し納得した。諭すような物言いが、何となく彼女は子供が好きなのだろうと思わせた。豪炎寺も子供は好きだ。子供というか、自分より小さい者は守ってやらなくてはいけないという義務感を持っていた。妹がいるとみんなそんなもんなのかと円堂に首を傾げられたが、それは豪炎寺にもよく分からないことなので首を傾げ返した。
 豪炎寺は、フランソワーズと意外にもよく話した。それは単に、豪炎寺がクラスの教科係で、授業で必要なプリントや宿題の回収提出などを請け負っているからである。豪炎寺のクラスの授業を受け持つ教師の中で、女性は彼女だけだった。実技の音楽や家庭科は勿論女性だがそちらの仕事は豪炎寺の担当では無かった。男性教師は基本的に自分で授業で使う教材などを持ち運んでくれる。自然と豪炎寺の仕事は英語の時に偏って多くなったのである。年齢は尋ねていないが、体育教師のジョーと懇意にしている限り、そう離れてはいないのだろう。そう考えるとかなり若い。何より彼女は独身なのだが、話を聞いていると時折赤ん坊の話が出てくるのが豪炎寺には不思議でならなかった。女性の身辺に探りを入れるようなことはしてはいけない。だから聞けない。しかし気になる。最近の豪炎寺は、ポーカーフェイスの裏側で周囲の予想以上に様々な感情に振り回されている。

「じゃあ、次の時間までに予習しておいてね」

 優しいようで、反論は許されない笑顔を残して、英語の時間は締めくくられた。豪炎寺は宿題となった範囲の頁の最終にマーカーで印をつける。毎度予習を宿題にするフランソワーズの授業で、毎度豪炎寺は教科書に印をつけている。何となく、前回前々回と出された宿題と、今日出された宿題のページ数を数えて比べてみたら今日は5頁ほど少なかった。体育の時間、機嫌の良かったジョーのことを思い出した。もしかしたら、フランソワーズの機嫌も良かったのかもしれない。5頁分でも。果たしてそれは言葉にすればどれだけの分量なのだろう。凄く、少し、それなりに。もしあの体育教師が、彼女の機嫌をすこぶる良くしてくれたその時は。もしかして宿題がなくなったりするのだろうか。それならば、自分は喜んで彼を応援するのに。豪炎寺は、そこではた、と思い直した。宿題にされなくても、予習はしているのだから、別に意味はないのだと気付いたから。
 フランソワーズは、男子生徒にも女子生徒にも人気がある。だがそれ以上に、興味を持たれている。思春期の子供たちには、他人の恋愛というのは非常に興味深いのである。つまりジョーとフランソワーズが恋人同士という事実は生徒たちから教員間に知れ渡っていることで、生徒達は二人の様子が気になっている訳である。基本的に自分達は大人と自覚している彼らは職場に個人の恋愛感情を持ち込んで行動したりはしない。時々機嫌の良し悪しに反映されることはあるが、それは本当に稀で、当然悪い方を持ち込んだりはしない。二人の仲が良好なことは見ていれば分かる。だから生徒等の専らの関心は、ジョーがいつフランソワーズにプロポーズするかの点に絞られてきている。覗き見をしているような気分がして、豪炎寺はあまりいい気はしない。しかし結婚より先に彼女の口から赤ん坊の話題が頻繁に登る理由が、豪炎寺にはやはり分からなくてさりげなく周囲からもたらされる情報にうっかり耳をそばだててしまっている。
 理想の恋人像として観察対象にされているのがジョーとフランソワーズであるように、この学校にはドラマみたいに片想いから両想いになるかどうかを観察対象にされている大人もいる。本当に、変わった学校である。そういえば、次はその観察対象の一人である理科教師の授業だ。思い出して、豪炎寺は席を立つ。たしか今日は理科室で実験だったと思う。既に教科書を手に、円堂と風丸が豪炎寺を急かす。実験の班は、名簿順で分けられている。豪炎寺は、ぎりぎり円堂等とは違う班に入る。円堂に顕微鏡を運ばせまいとする風丸とか、プレパラートを触らせないようにする風丸とか、とにかく風丸は実験となると忙しい。円堂のうっかりはいつも風丸が事後処理しなくてはならないのだから、豪炎寺はこっそり彼に同情して歩き出す。プレパラートだとか試験管だとかビーカーだとか。あの理科教師の西條命なら、謝れば、割っても笑って許してくれそうだと思う。だが割らないに越したことはないので、豪炎寺はそのまま黙って理科室に向かった。

03

 理科教師の西條命は、基本的にいつも白衣を着ている。そんなんで学校中を気ままにうろちょろしているから、毎年新年度が始まると、新入生は大体彼を保健医と勘違いする。間違えられると、命はいつもへらりと笑って昔は保健医を目指してたんだけどね、と言う。だけどね、の後に続く言葉を聞いた生徒は、これまで一人もいない。ふらりふらりと歩きまわる彼が定住する場所は、案外少なかったりもする。職員室と、理科準備室と、それから保健室。大体が、数学教師と古典教師と、保健医で固まって話していることが多い。だけど最近ではあまり保健室には出向いていない。生徒の体調を預かる保健室に、健康体の教師共が居座ることに、先日ついに保健医が堪忍袋の緒をぶっちり切らして彼らに入室禁止令を出したからである。


 理科の実験中、木野秋が体調を崩した。恐らく、貧血だろう。青ざめた顔色の秋を座らせて、西條命は冷静にそう分析した。理由は女の子だし、色々察する所もあるけれど、場所が場所だし、命は黙った。理科教師の自分が診察する必要は、ないと思った。このまま理科室にいても回復の見込みも望めないから、彼はクラスの保健委員に彼女を保健室に連れて行くように頼んだ。委員は基本的に男女一人ずつで構成されているが、今回の仕事はやはり女子の委員が担当した方がいいだろう。運ぶだけなら男子の方が適任だが、この年頃の男子に貧血でふらふらの女子にまともな気遣いが出来るとも思えなかった。このクラスの保健委員は雷門夏未だったから、当然彼女が秋に近づいて容体を窺う。

「じゃあ頼むね、雷門さん」
「わかりました。大丈夫?秋さん、歩ける?」
「…うん、ごめんね。夏未さん」
「謝罪はいいわ。良くなったらお礼を言ってちょうだい」
「うん」

 夏未のさりげない優しさに、命は感心する。体調を崩している人間は、どうにも弱気になりがちで。落ち度はないのに謝罪を述べる秋を、夏未は優しく立ち直らせた。そうして教室を出て行った二人を見送って、命は生徒達に実験に戻るよう声を掛けた。秋がふらついたことに驚いた円堂が、うっかりプレパラートに力を込めすぎて割ってしまっていたことに気付いた風丸が彼をぐちぐちと叱っている。そんな光景を眺めながら、命は備品の一つや二つどうてことないんだよと心の中で二人に語りかける。教師という立場上、勿論そんなことはっきりと言う訳にもいかない。
 でも危だったら小さいことまでぐちぐち言って来そうだなあと考える。それとも案外その辺に抛っとけとか言って許してくれるのかもしれない。機嫌次第だからなあ、と今頃何処かの教室で数学を教えている同僚について思う。雅は、ちゃんと反省したら許してくれるだろう。彼は今日、朝一の授業を終えれば午後までもう授業がないと言っていた。命は、古典を午後に並べることは教員側のミスだと思う。数学も古典も、命にはよく分からないけれど。保健医になりたいと思っていた自分には、五教科はどうも得手不得手ではなく好き嫌いが勝る。何故保健医にならなかったのと問われれば理由は簡単で。今頃保健室で秋を介抱しているであろう瀬名が、保健医になると言ったから。一つの学校に、保健医は二人も要らない。つまり、同じ学校で働けないと理解した瞬間、命の進路はあっさり方向転換したのである。単純だし、軽薄だと思うのだけれど。これでよかったとも思う。確実に意図的に、だが実力でこの学校には仲の良い友人等が教師として勤めているのも楽しい。それに自分は一か所にじっとしていることは性に合っていないから。保健室で具合の悪い、怪我をした生徒をじっと待っている生活は堪えられなかったかもしれない。
 終わりよければすべて良し。まだ今は途中だけれど、そう思う。ああでも、今日は秋が保健室にいる間は、瀬名は保健室から職員室に出向いては来ないだろう。昼食は、危と雅と自分の三人。花が無いなあと正直に思う。だが生徒の健康には代え難いものだ。だから、取り敢えず。自分達の近くで恋人の手製の弁当でも食べている体育教師をからかったりしてみようかと思う。

04

 放課後、殆どの生徒が部活に向かう。中には部活をする為に学校に来ているといっても過言では無い生徒もいる。特に、サッカー部にはそういった面々が多い。揃いも揃ってサッカー馬鹿だから、仕方ないと言えば仕方ない。そんなサッカー馬鹿共の頂点に立っている部長の、円堂が、凄まじくしょげかえりながら、部員達に今日の部活は中止だと宣言したのは数分前の事。今日は、何故か体育館の大掃除を手伝わなければならないらしい。

「なんでサッカー部が体育館掃除するんだ?」
「運動部で一番人数多いからじゃないの?便利じゃん」
「勿論、体育館を使用する部活も参加するわよ」

 部員たちからは当然、疑問異議やらなにやら声が上がる。しかし決まってしまったことは仕方ないと、夏未の一括で大人しくならざるを得ない。雨が降った時、外で行う運動部の中では割と優先的にサッカー部は体育館のスペースを使用させてもらっている。だから、ある意味当然のことなのだろう。ただせめて前日には知らせて貰いたかったと、思わずにはいられない。大好きなサッカーをするつもりで来たのに、好きでもない掃除をしなければならなくなったときの、この感情の落差はやる気を削ぐのに有効過ぎるだろう。
 ぞろぞろと連れだって体育館に向かえば、既に掃除は始まっているらしかった。その中に、最早見慣れ過ぎている、しかし此処にいては些か違和感を覚える集団まで掃除に加わっている姿を見つけた。彼らは、今年の春にこの学校を卒業した筈の、バスケ部のOBで、それぞれ別の高校に進学している筈なのに、やたらと揃ってこの学校に遊びにやってくる。

「あれ、サッカー部じゃん!」

 体育館の入り口で立ち尽くす面々を見つけて、声を上げたのは黄瀬だった。この人の場合、学校の部活以外にもモデル活動をしている筈なのによくこの場所に現れる。暇、なのだろうか。誰もがそんなはずないと思いながらも疑わずにはいられないくらい、その頻度は高かった。だが卒業生が此処にいる、その事実しか気に留めない円堂はさほど疑問も抱かず、外履きの靴をぽんぽん脱ぎ捨ててお久しぶりですなんて大声で言いながら彼等に駆け寄って行く。意外にも、円堂は彼等と結構仲が良かった。バスケ部とサッカー部が関わり合いになることなんてそうないのだが、だからか、円堂と彼らが知り合ったきっかけは実はサッカー部の中でも謎として扱われている。
 特に、円堂と幼馴染の風丸なんかは、円堂が彼らに会いに行く時に一緒に引っ張られて行くことが多くて、何度か大変な思いをした。彼らがまだ在校生だった頃、それでも既に大半が180cmを超える身長だったので、威圧感がハンパなかった。勝手な被害妄想だけれど、粗相をしたら捻りつぶされるんじゃないかと思う程度に、風丸はビビっていた。そんな風丸の隣で、円堂はでっけえですね、だとか、すっげえ、だとか、何食ったらそんなんになれますか、なんて敬語の様なそうではないような微妙な言葉遣いでずけずけ会話を進めていくものだから、風丸は何度も肝を冷やしたものだ。

「あれ、今日黒子先輩いないんすか?」
「あー黒子っち、俺と青峰っちがちょっとふざけてたらその、ちょっと怪我しちゃって今保健室なんだよねえ」
「主に貴様一人の所為だったがな」
「ひどいっ緑間っち!いけず!」
「こんな所で出血させられた黒子に申し訳ないと思わんのか」
「う…!それはめっちゃ思ってるっすよ!だから俺も保健室着いて行こうとしたのに止めたの緑間っちじゃないっすか!」
「邪魔なだけだろう」
「何か先輩らいつ会っても相変わらずっすね」
「円堂!」

 失礼だろうという風丸の叱責は遅い。だが遅いと言っても相手を怒らせたわけでは無く、黄瀬はへらりと笑ってそっかあ?と呟き緑間は忌々しげに一緒にするなと黄瀬のふくらはぎを蹴った。内心、風丸もこの人たち本当に相変わらずだなあと思うレベルに、彼らのじゃれあいは変わらない。
 保健室に行ったという黒子の怪我も、実際大したものではないのだろう。保健室、そこで風丸は、今日授業中に貧血で保健室に行った秋のことを思い出した。早退は、しなかった。様子を見て大丈夫そうなら戻ると夏未は教えてくれたが結局授業中に彼女が戻ってくることはなかった。部活側に何の報告も来ていないから、恐らくまだ保健室にいるのだろう。

「なあ円堂、木野さんまだ保健室なんじゃないか?」
「あ、部活前に夏未と音無と様子みてきたんだけどさ、やっぱまだだるそうだったから今日は部活休ませる。帰りは瀬名先生が送ってくれるってさ」
「そうだったのか」

 偶に、円堂はグラウンドの外でもキャプテンらしく決めるよなあ、と風丸は感心する。締める所は締めるというか、本当に。幸い、今日はこうして部活は中止で体育館を掃除するだけなのだから、秋もゆっくり体調を整えられるだろう。そう納得していい加減掃除を手伝わないとサッカー部扱いで怒られそうだと思い始めた風丸の顔に暗い影が出来た。それは、自分より大分身長の高い黄瀬が興味津津に円堂と風丸の顔を覗き込んで来たから。久しぶりに感じた圧迫感に、風丸は思わず身体が強張る。だが、そんな圧迫感とは裏腹に、黄瀬はにこにこ微笑んでいる。

「ねえねえ、瀬名先生ってさ、いい加減誰かとくっついた?」
「「はい?」」
「いやさあ、西條先生と桐生先生と、高島先生の誰か。いい加減付き合いだしてないのかなってね」
「ああ、相変わらず四人で仲良くしてますよ」
「ええ!?まだ進展ないのあの人達!」
「なあ風丸何の話?」
「円堂にはまだ早い」

 下世話な話題に、円堂は興味が無いしその存在を認知しているのかすら怪しい。気付けば黄瀬への応答は全て風丸がこなしていた。案外、事実が単純だけに当然かもしれないけれど、すんなり答えられてしまっている自分を認識して風丸は苦笑する。他人の、大人の、教師の恋愛に首を突っ込むのは宜しくない。だが、息をすうように充満する噂だとか情報だとか、シャットアウトする方法なんて、知らなかった。それでも、風丸の住む世界は平和そのものだった。決着がつけば誰かが傷つく恋愛についてぼんやりと遠巻きに眺めながら、逆に他者の侵入なんて微塵も許さないくらい想い合っている恋人同士の姿も、眺めたりしている。
 時間は息を吸って吐いているだけでも当たり前に進んでいく。色々なことが変って行く。その中で、変らないこともある。例えば、この学校の保健医と理科教師と数学教師と古典教師の恋愛模様だったり、とっくに卒業したバスケ部OBの様子だったり、他にも、色々。いつか、変わるかもしれないけれど、少なくとも明日はまだ、変らないんだろうなあと、思う。だから、明日も全力でサッカーをしようと思う。







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