フィディオお兄ちゃん、と向けられる笑顔にいつだって応えてやれるよう、俺は絶えずルシェの前では笑っていたように思う。
当たり前の日常が進む先に、また当たり前の共生があるなどと誰が保証してくれていたというのだろう。
過ぎた傲慢が当たり前を退屈と安穏に変える。ずっと一緒だねと幼い無邪気さで信じ問い掛けるルシェにそうだねと返す俺はきっと浅はかな愚か者だったね。

初恋を覚えたルシェは少しずつ俺から遠くなっていった。ルシェ自身はそんなつもりはないのだろう。事実、ルシェを遠くしたのはむしろ俺の方だったのかもしれない。
だけど、以前とは違い二人の間に生まれる些細な変化に気付けなくなったルシェを思えばきっとどちらも大差ない。
彼女は俺ではない誰かにその大きな輝かしい瞳を向けているのだから、俺の変化になど気付く余地もないのだろう。
誤魔化す気すら起きない猛烈な寂しさは傷となって痛む。
俺の姿を見つける度に、嬉しそうに俺に向かって駆け出すルシェはもういない。

「あのねお兄ちゃん、」

そう微笑みながら語り掛けるルシェの口が紡ぐのはいつだって俺の関われない恋のお話。
可愛らしい御伽噺だったら良かったのに。
以前ならルシェの言葉一つ一つに微笑みながら頷いていた。意識せずとも、そうしていたのだ。
だけど今、自分がどんな表情でルシェの話を聞いているのか分からない。五感全てがルシェの言葉を拒絶して内側に籠もろうとしているみたいだった。
ごめんねルシェ、俺はもう君の素敵なお兄ちゃんではいられないみたいだ。
口にしない悲しみは涙にもならない。
だけど笑顔にだってならず俺はただルシェの言葉をどこか遠くで聞いているしか出来ないのだ。





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