総じて彼は、些か背伸びをしたがる傾向にある様だ。人知れず努力を積む姿は大変好ましいのだが、それが転じて隠し事になってしまえば意味がない。
悪意のない行いほど、悪意を持って受け止められてしまうのが世の常だ。

「馬鹿ねえ、」

夏未からすれば、緑川の努力は無意味でも不必要でもない。だが二人で共に歩く時間が自然と解決してくれる。そう思えた。普通、付き合う相手との年齢の差、しかも男性より女性の方が年上の場合。その辺りをやけに気にするのは女性の方だとばかり思っていた。
だが緑川は、自分との間にある一年の差に大分気を取られている様だった。それともう一つ。緑川の身長が夏未の身長よりも低いことも、彼の頭をかなり悩ませている。

「夏未さんは、大人っぽい人が好きそうだから」
「大人っぽい、って結局本人は子供でしょう」
「じゃあ大人が好きなの?」
「私が好きなのは貴方でしょう?」

何を言っているのよ貴方、と緑川を見詰める夏未は至って真剣な顔をしていた。一方緑川は、普段意地っ張りで照れ屋故になかなか素直な言葉を選んでくれない夏未からの不意打ちにただ顔を赤くしている。
こういう時、緑川は自分が夏未よりも年下で子供だと痛感してしまう。
まるで振り回されるだけの自分。上手く立ち回れない自分。そのどれもがもどかしく、拙く、悔しい。

「来年には、お互い一つずつ年を取るわ」
「わかってるけど」
「いつの間にか、人は大人になるものよ」
「……うん」
「子供の自分と、大人の自分を比べても、そうそう大きな変化なんて無いらしいわ」

だから焦らないで、と言外に込めた夏未の願いは、いつだってちゃんと緑川に届いている。
それでも、容姿も言動も家柄も。全てにおいて誇るべきものを持っている夏未の隣りに立つに見合うだけの価値を、緑川は自分に求めている。
不安ならいくらでも見つけられる。そんな自分が、やっぱり緑川は只情けないのだ。

「緑川君は随分私を買い被るのね」
「だって、本当にそうなんだから」
「なら、容姿も言動も家柄も誇るべきものを持っている私が選んだ貴方も、きっと誇るべきものよね?」
「へ、」

不安ならいくらでも見つけられる。だけど、それらを吹き飛ばす安心だってきっと直ぐに見つけられる。
そしてそれはいつだって夏未によってのみ与えられて来た。
自分が好きになった人が、同じ様に自分を好いてくれた。
これ程の幸せを、どうして自分はあんな不安で揺るがそうとしたのだろう。いつだって、夏未はありのままの緑川を見詰め想ってくれていたのに。

「夏未、さん」
「なに?」
「好き、です」
「ええ、私も」

幸せで、ありのままの二人が、そこに居た。





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