外出着で歩いている夏未に円堂が出会ったのは、雷門中の校庭だった。休日、忘れ物を取りにサッカー部の部室に向かった帰りだ。聞けば夏未も理事長室に何やら忘れ物を取りに来たらしい。普段から物腰やらリアクションやらから垣間見えるお嬢様の部分を夏未から感じていた円堂であったが、制服姿ばかりを見ていた円堂には、今の夏未の恰好に違和感を覚えてしまう。女の子らしい。そう思うのだが、普段の制服姿の方がよほど彼女らしいと感じてしまうのは円堂の欲目である。

「すごいドレスだな」
「ワンピースよ」
「豪華なワンピースをドレスっていうんだろ?」
「まあ…間違いではないけれど…」

夏未の待たせている車まで。お互い言い合わせもせずに並んで歩きだす。これから出かける為にめかし込んでいる夏未とは対照的に、円堂の恰好は直前までまた特訓をしていたのであろう、また普段と変わらぬユニフォーム姿であった。しかも所々が泥だらけで、隣に立つ夏未との差異を浮き彫りにしてくる。釣り合わないなあ、というのは普段からの円堂の評である。別に学生でしかない自分達に、否、学生でしかないのはもしかしたら自分だけなのかもしれない、と最近では思う時がある。だけど、円堂にとって夏未は理事長の娘よりも、同じサッカー部の仲間でしかなかった。そしてその認識が円堂にとっては最上級のカテゴリーである。だから円堂にとって、夏未はたった一人の特別な存在では無かったが、とても大事な存在だった。

「夏未どこ行くの」
「今日始まる絵画展に招待されてるのよ」
「それ楽しい?」
「…今回のは、あまり私の好きな画風では無いから、詰まらないでしょうね」

そう答える夏未の表情は別に詰まらないから本当は行きたくないとか、そういった感情は浮かんでいない。尤も、円堂に対して画風がどうこうと述べてその理由を補強してみてもなんの意味もない事である。つまり、円堂には詰まらないという言葉しか届いていないのだ。彼女にとって、こうした場に招かれてそこに赴くというのは最早一つの義務であり、その義務を果たす事になんの苦痛も感じていない夏未だからこそ、殆ど無感動にこうした感想を呟くのだ。そしてそんな夏未を前にする度に、円堂は無意識に寂しさを覚えている。どうして楽しくもない事を彼女はああも平然とこなせるのだろうか。サッカーばかりしていた円堂には到底理解出来ない次元の話であった。

「夏未はサッカー部のマネージャー楽しい?」
「ええ、慣れない事も多いけど、それが凄く新鮮で、楽しいわ」
「そっか」

夏未は、これから出向く先の事を楽しくないと表現した。だけど自分達と一緒にサッカーをする事を楽しいと言った。それだけで、円堂は夏未が彼女自身の義務よりも自分達を選んだのと思えた。多分それは錯覚か。そもそも義務と意思を比較する時点で土台が違うのだと言う事に、円堂はまだ気付いていないから、こんな馬鹿げた事でも一々機嫌を上昇させたり出来るのだ。
例えば、練習中。夏未が鬼道や豪炎寺と並んで話をしている時。円堂はなんとなく釣り合っているなあ、と考える。ただそれを好ましくは思わない。不躾なまでに送る視線の意味に、円堂自身はこれっぽっちも気付いていない。その意味と理由を自覚してやる事が実は一番夏未を喜ばせる結果に繋がるのだが、やはり当然円堂はそんなこと微塵も気付かないのだ。

「それじゃあ、円堂君」
「おお、楽しんで来いよ」
「ええ、また明日」

車に乗り込む夏未は、やはり自分とは釣り合わないなあ、と円堂に思わせるほど、その動作を優雅に行って見せた。大人の様な、そんな錯覚を覚える。だけどまた明日、という夏未の言葉は、やはり二人が同じ子供である事を円堂に気付かせる。楽しんで来いよなんて口先だけの嘘っぱちで、円堂の意識はとっくに「また明日」に向かっている。自分から彼女を遠ざける今日なんて、さっさと終わってしまえば良い。






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