明けてないうちに明けましておめでとうなんて言わなくてはならないなんて可笑しい。そう文句を連ねる塔子の頭に軽く手刀を落とし、口よりも手を動かせというリカの正論に、結局逆らえずに塔子は渋々再び使い慣れない筆ペンを手に取った。

「塔子さん、宛名はもう書き終わったけど…」
「ええ!?秋仕事早過ぎ!」
「いや、ええことやん…」

机の上で年賀はがきを整えている秋を見て塔子は途端に慌てだす。リカもリカで既に割り振られた作業を終えていた。
そもそも、今日は既に年末と呼ばれる期間に差し掛かっているにも拘らず、まだ年賀状を書いていないという塔子がリカに泣きついたことから始まったのだ。失礼なことに、塔子はリカもどうせまだ年賀状なんて書いていないだろうと思いこんでいたらしい。しかしリカは殆どを年賀メールで済ませるつもりだったので、年賀状を出す相手は極少数だった為に、寧ろ店の常連さんに年賀状を出す母の手伝いをするついでにとっくに書きあげて出してしまったのだ。
ならばむしろ自分の年賀状を手伝えと縋ってくる塔子を放って置くことも、家にタダで泊めて貰っている恩がある為に出来なかった。そして二人でやるよりも大勢で、と考え二人の共通の知り合いの女子にも連絡を取ろうと思い雷門中のマネージャーにメールを送った。すると夏未は年末で忙しいと言われ、春奈はこれからお兄ちゃんの家に行くんです!と嬉々とした雰囲気の漂う返信をよこし、残念ながら冬花のアドレスを二人は知らなかった。そして唯一、私でよければ手伝うよ、と何とも謙虚な返事を寄越してきたのが秋である。
何故パソコンプリントに一言添えると云う一番楽な方法を取らないのか。答えは完結。相手の住所をデータ化してパソコンに入力していないらしい。しかも中途半端に手書きで年賀状を書き始めている為今更変えるのも差別に繋がるのだと塔子は言う。

「秋も悪いなあ、ほんまは年末忙しかったんとちゃう?」
「そうなのか」
「ううん、大掃除も丁度昨日終わらせたの。だからリカさんからメールが来なかったら親の手伝いさせられてたと思うから、寧ろラッキーだったのかも」
「秋…アンタほんまにエエ子やなあ!」

よっぽど感動したのだろう、勢いよく抱きついたリカを受け止めきれずにリカはそのまま床に倒れこむ。元々炬燵を囲むように座っていたので痛みはない。こういったスキンシップは秋にとっては新鮮だ。春奈や塔子、そしてリカ以外の女子とこうして触れ合うことは滅多にない。そしてリカに抱きつかれる度に、秋はこっそりリカは甘い匂いがするなんてことを考えている。香水や清汗剤のキツイ匂いとはまた違う。その匂いにつられてついリカを抱き締めてその匂いを解明しようとするのだが、その意識は直ぐに上からまた飛びついて来た塔子の存在によって打ち切られる。

「何二人で楽しそうにしてるんだよー!」
「重っ、塔子がさっさと年賀状書かんからウチと秋は二人でいちゃいちゃしとんねん」
「ふふ、ごめんね塔子さん」

今日の塔子は正論に弱い。リカの言葉の裏を返せば年賀状さえ書き終えればいくらでも遊べるのだ。もし出来るのなら、秋も泊まっていかないかと誘ってみよう。勿論、年賀状を書き終えた後で。
しかしこの三人という組み合わせも珍しいものだと、しっかりと手を動かしながら塔子は考える。秋はマネージャーである。だから、キャラバンの時も春奈や夏未と一緒にいることが圧倒的に多かった。
だけど今こうして同じ空間に三人だけで居ても不思議と息苦しさなんてものは一切感じない。そんなことが、何故か凄く嬉しかった。

「んー。今日の夕飯はウチが作ろうかな」
「任せた!」
「秋も当然食べてくやろ?」
「いいの?」

当然、と言いながらリカは立ち上がる。恐らく冷蔵庫の中身を確認しに行くのだろう。何度も塔子宅に泊まっているリカからすればもうここは住み慣れた別荘のような感覚だった。他人の家でその感覚は如何と思うが、この家で塔子と二人きりという状況になることも多く、その時料理をするのは大概リカの役割だった為、塔子の部屋から台所への道のりを慣れない方が無理だったのだ。

「うっし!リカ特製お好み焼き、二人にだけ特別に食わしたる!」
「ありがとう、リカさん」
「せやから塔子はさっさと年賀状書く!」
「わかってるってば」

ばたばたと部屋を出ていくリカの背を見送りながら、お母さんみたいだなあ、と思う。秋もお母さんみたいだと思うのだが、リカもそうだと思う。二人はタイプは全く違うが偶に似ている。家庭的な所が。そんな所が、塔子は案外好きだった。そしてそんな二人と、自分も大好きなサッカーを通じて出会えたことが、また堪らなく塔子を喜ばせるのだ。今日、此処でリカの特製お好み焼きを食べられるのは自分と秋だけ。円堂にも、一之瀬にも分けてあげない。

「あたし、リカのお好み焼き好きだな。勿論リカ本人も」
「うん、私も」
「お揃いだな!」
「そうだね」

顔を見合せて笑い合う。女子三人の楽しい時間。この時間を長く続かせる為にも、さっさとこの年賀状を書きあげてしまおう。勿論、今こうして顔を合わせているリカと秋の分も忘れずに。






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