※捏造ディランママが出てきます。

年末というのは新しい年への期待だとか言った物で人の心が浮足立ってしまうものだと、たった十四年しか生きていない人生の中でも十分承知しているつもりだ。
だけどそれ以上に、新しい年への期待以上に準備というものが重要なのだと言う事も知っている。だから、この状況が生まれた訳だけれど。果たしてこれは一体何の意味があるんだと考えこまずにはいられない。
足元に大量に散らばった雑貨やら、脱ぎ散らかしたままベッドの上に放置されていた上着などがどんどん目の前の部屋のドアからマーク目がけて放り投げられて来る。
これはもしかして、新手の反射神経を鍛える訓練か何かなのか。現実逃避をしようにも母親の様に怒鳴るリカの声と半泣きのチームメイト、ディランの声に引き戻され、マークは小さく溜息を吐いて、意を決して部屋の中に足を踏み入れた。

「NO!リカ、それは本当に要るんだってば!」
「そんなこと言って、さっきも似たような物捨てたない言うてごねたやんか!」
「あれとは使うタイミングが違うんだよ!起きた時と寝る時!」
「一つで充分!」
「うわーん!」

そもそも、リカにアメリカで年越ししないかと誘ったのはマークだった。ちょっとした下心と、純粋に友達としても一緒にいたいという気持ちで持ちかけた誘いを、思いの外リカはあっさりと了承した。一生に一度くらい、外国で年越しカウントダウンなる物をしてみるのも一興。そう笑っていた。
空港までリカを迎えに行った帰り、ディランが話題に上り彼の家に立ち寄ったのがいけなかったのかもしれない。
事前のアポなしに訪れたマークとリカを、いつも通り優しい笑顔で出迎えてくれたのはディランの母親だった。「あの子は今部屋を掃除中なのよ」と笑いながら教えてくれた。
二階にある、勝手知ったるディランの部屋に迎えば、開け放されたドアから騒がしい音が漏れだしていた。二人して部屋を覗き込めば、最早何から手を付けていいのか分からないと言わんばかりに部屋をしっちゃかめっちゃかにひっくり返した状態で途方に暮れるディランがいた。
そしてその悲惨な部屋の有様を見た途端、リカの中のスイッチが入ってしまったらしい。腕捲りをしながらディランの部屋に足を踏み入れ、そして掃除の指揮を取り始めたのだ。要らない物は容赦なく捨てようとするリカと、一々物に愛着があるのかしぶるディランとの攻防戦はこうして始まったのだ。
一方部屋の入口に取り残されたマークは茫然とその様子を眺めているしかなかった。いざ部屋に足を踏み入れても、捨てる物と捨てない物の選別はディランがする訳だから、マークに出来ることなんてそうそうなかった。
取り敢えず、目についた洗濯物を集めて一回の洗面所に持っていこうと階段を降りる。ディランの母親に手の中の大量の衣類を示しながら尋ねれば洗濯籠に入れるよう促される。大人しく従い再び二階に戻ろうと思うが少しばかりゴミ袋を調達しようとまたディランの母親に声をかければお茶を二階に持って行くよう頼まれる。
とても和やかにお茶を楽しめる空間は今ディランの部屋には存在していないのだが。しかし断りきれずにディランの母親がお茶とお菓子を用意する様を眺めて待つ。心なしか、ディランの母親は嬉しそうだった。
それは多分、リカの存在が大きいのだろう。ディランは非常に多くの人と交友関係を持つが、その為誰かを家に招いたりする機会は少ない。どうしても大人数になってしまうからだ。しかも、サッカーばかりしているディランが遊ぶのは何だかんだで男子が多い。そのディランを訪ねて女の子が自宅までやってきたのだ。母親としても大いにテンションが上がるのだろう。
それと同時に下がるのがマークのテンションである。別に、リカがディランに会いに行こうと言い出したことは想定の範囲内だから問題ない。大掃除の手伝いをしだしたことは予想外だが、むしろそれは男子と女子というよりは母親と息子みたいな現状でしかないから、マークとしては好都合な事実だったのだ。
しかし、ディランの母親によってリカがディランのガールフレンドになり得るのだと一気に認識をこじ開けられたことにより、マークの妙な意地というか、嫉妬というか、とにかく良くないものがにょきにょきと頭角を現してきたのだ。
リカは友達。しかも、つい最近まで自分のチームメイトに恋をしていた女の子だ。焦って好きだと手を握っても、彼女は自分の前からその手を擦り抜けて消えてしまうに違いない。それだけが、マークには怖いのだ。これから先、最悪永遠に友達に甘んじ続ける事だって、自分の覚悟次第では出来るのだと、マークは思っている。だけど、自分とリカの間にあるか細い絆を壊して失うことだけは、どうしても避けたかった。国籍の違う彼女を常に自分の傍におくことの難しさを、マークは子供であるが故に既に嫌というほど自覚したのだ。
ディランは、リカをどう思っているのだろう。懐いているのは知っている。だけどそこに、自分と同じような色が潜んでいるのかどうか。それを、マークは不思議なくらい失念していたのだ。

「おばさん、リカはディランにはあげませんよ」
「あら?マーク君のガールフレンドだったの?」
「違いますけど、そうなれたら良いなって思ってるんで」

あらあら、とやっぱり楽しそうに笑う彼女に、マークは叶わないなあ、と肩を竦めて差し出された盆を受け取る。彼女から見たら自分の恋心などやはり遅達で幼稚に映ってしまうのだろか。
二階からは相変わらずバタバタと騒がしい音が響いている。早く止めに行かないと、ディランが本当に泣いてしまうかもしれない。
盆の上に乗せられたお茶を溢さないように慎重に階段を上る。
本当は、年越しはリカと二人きりで迎えたかった。だけどこのまま行けば確実にディランも一緒に過ごすことになるだろう。
この不本意な結果を、来年再来年、もしくはもっと先の数年後。挽回して二人きりの年越しを迎えられるか。それはきっとこの先の自分次第。そう考え直し、マークは如何にしてヒートアップしている二人を治めるかを考え始める。こんな時までキャプテンみたいな真似をすることになるとは正直思わなかった。そしてそれ以上に、自分の部屋の大掃除を数日前に終わらせておいて本当に良かったと思ったのだった。








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