一年が終わり、また新しい一年が始まる。人間はそのことを大層めでたいことと称して祝うのだが、やはりそうした俗世的なことからは離れて生きてきたセインには、正月というものが理解出来ないようだった。 ヘヴンズガーデンで過ごしていたリカが、もうすぐ年末で忙しくなるから帰る、と告げたことがそもそもの発端だった。 ヘヴンズガーデンの面々はしきりに年末の単語に首を傾げたのである。 そして何より、普段からリカを帰したがらないセインに、この年末の意味を分からせることが、非常に困難だったのである。 大掃除から始まり年賀状、お節料理の準備等、しなくてはならないことは山程ある。 リカの家は飲食店であるし、母子家庭でもあるから、リカの手助けは絶対に必要なのだ。 延々とセインを説き伏せ、あまりに要領を得ない様子のセインに業を煮やしたリカは、最終手段として実家にセインを連れて帰ったのである。 百聞は一見に如かず。言葉で分からないのなら体験させる。 最初は戸惑っていたセインも、容赦なく大掃除を手伝わせようとするリカの気迫に押されて、言われるがまま動くしかなかった。 年賀状を書くリカの隣りでそれを眺めながら、円堂宛てのそれに一言添えさせて貰った。 お節を作るリカの後ろに、所在なさげに佇み、度々味見係に任命された。 ヘヴンズガーデンでは凡そ体験出来ないようなことばかりだった。 仕組みのよく分からないテレビとかいう物に拠れば、今リカのいる日本中がこうして忙しなく動き回っているらしい。 普段からこまめに準備しておけばこんなに慌てる必要は無いだろうに。言えばそういうことではないのだとリカは笑う。 一年一年と日々を纏める意義すら理解出来ない自分には、そのリカの笑った理由はよく分からない。 「人生は長いんや、所々で区切っとかんと、いつ振り返ったらええのかわからんやろ」 「そういうものだろうか?」 「だって一年の区切りが無かったら、ウチがいつセインに出会ったのか思い出すの大変やん」 成程、確かに自分とリカが出会った年としてこの一年を刻むのならば、そうした考え方もあるのかもしれない。 炬燵で、リカが用意してくれた年越し蕎麦を啜りながら頷くセインの姿は、この数日間で大分浦部家に馴染んでいた。 そのことが、実は凄く嬉しいのだと、リカは思う。 セインはセインで、ヘヴンズガーデンにいたのでは理解出来ないリカの一面を次々に見つけてはリカに気付かれないように笑う。 思えば友好的な出会い方ではなかった。一方的な誘拐と押し付けから始まった二人が、今こうして同じ部屋で暖を取りながら食事をして和やかに会話をしているのだから、やはり不思議なものである。 「どうかした?」 「キミとの出会いを振り返っていたんだ」 「ふーん、まあ年末やしな」 「うん、年末だからかもしれない」 セインが余りに穏やかに笑うから、リカもつい振り返る。セインがこんな柔らかく笑うことに気付いたのはいつだっけ。そしてその笑顔が自分に向けられることが堪らなく嬉しく感じられるようになったのは。 過ごした時間はあまり長くはなくしかし深い。 会おうと思わなくては会えないし思っても遠すぎる距離が二人の間に常に横たわっている。 それでも会いたいと思い遠すぎる距離すら越えて会いに行くのだ。 それはきっとこれからも変わらない二人の現実で、そんな未来をずっと選んで行けたらと思う。 リカもセインも、今はただお互いが堪らなく愛しいのだから。 「もうすぐ今年も終わりやな」 「早かったか?」 「そりゃあもうあっちゅー間やったわ」 それが良いか悪いかは、残念ながらセインには分からない。だがこの一年を振り返って告げたリカの表情が、リカらしい笑顔だったから、彼女にとっては悪くない一年だったのだろう。 もし、そうならば。リカがこの一年を過ごした記憶と、それを形容する感情の中に、少しでも自分の存在があってくれたら良いと、そう思う。 「リカ、私も今年は良い一年だったよ」 「そうなん?」 「リカに会えた」 「…くさい」 照れているのか、顔を背けたリカを、やはりセインは慈しむような瞳で見詰める。 すると、遠くから低い鐘の音が聞こえてくることに気が付いた。 どうやら、話をしている間にあっけなく新年を迎えてしまっていたらしい。 「あけましておめでとう、セイン」 「?」 「新年の挨拶や」 「ほう、なら、あけましておめでとう、リカ」 今から始まる一年を、誰よりも多く君と過ごせますように。 ←→ |