自分の心が、こんなに扱い辛いものだなんて、随分前から知っていた積もりだったのに、それでもやっぱり積もりだったんだなあ、とこういう時に実感する。
昼休みや放課後、はたまた授業間の短い休憩時間ですら、一之瀬君に話しかける女子は多い。その中でも、一之瀬君と一緒に教室を出て行ってしまう女子も多いわけで。つまり、告白、されているのだろう。一之瀬君は。
一之瀬君は優しい。下駄箱や引き出しに入れられた手紙での呼び出しは勿論、顔を赤くしながら彼に話しかける女子の誘いにも快く応じている。そんなの、どんな要件なのか分かり切っているのに、返事も決まり切っているのに女子達の要請に応じることは果たして真の優しさと言えるのか。それは私に測れない。ただ私に言えるのは、一之瀬君がそうして女子と二人連れだって教室を出ていくたびに、私の胸がじくじく痛んでいる、という事実だけだった。
私は世間一般で言う、一之瀬君の『彼女』である筈だった。つまり一之瀬君は私の『彼氏』に該当する訳である。一之瀬君が私に、真剣な瞳で告げてくれた「好き」という気持ちを疑う気なんて微塵もない。私の一之瀬君に対する「好き」が揺らぐこともありえない。それなのに、一之瀬君は私以外の女子と話す度、私の視界に彼と他の女子が一対で映る時、この胸に刺さる痛みはなんだろう。「嫉妬」なんて、言葉くらいは知っている。だけどそれを実際に自分が行う時の気持ちも対処法も、私には全く分からなくて。まるで迷子みたいに泣きだしたくて仕様がない。

「秋、今日お昼一緒に食べよう!」
「一之瀬君…」
「…秋?」

今私にお昼の誘いの言葉を掛ける一之瀬君は、つい直前まで隣のクラスの女子に告白されていて、それを断って来たのだ。全速力で帰ってきてくれたのだろう、少し息が乱れている。
笑って、「そうだね」と言うつもりでいた。言えるつもりでいた。それなのに今、自分は発した声が如何に情けない物であるかも、どんなに頼りない表情で一之瀬君を見つめているのかも、明らかすぎてもうどうにも取り繕えそうにない。

(――ねえ、一之瀬君。もう私の傍から離れていかないでよ)

言葉とか、気持ちだけの話では無い。言い方は悪いけれど一之瀬君は前科持ちなんだから。物理的な距離にすら怯える様になったのは、きっと一之瀬君の所為でもあるんだから。一滴、涙が机の上に落ちる。
「ごめんね、一之瀬く―」
「ねえ秋、俺は一生掛けて秋を愛して幸せにしたいと思ってるよ」
「一之瀬君?」
「だから、秋も、俺と一緒に生きてくれる?並んで歩いてくれる?」

懇願するような言葉に、何も言えずに黙り込む。喜んでもいい筈の言葉は、何故か私を舞い上がらせてはくれなかった。勿論落胆だってしてはいない。きっと、一之瀬君の瞳に、深い真剣な色を見出したから。だけど、私の答えはもうとっくに決まっている。

「私は、一之瀬君と一緒がいい。未来の事はわからないけど、もし今一之瀬君がその一生を私に約束してくれるなら、私も私の未来を一之瀬君に約束するよ」
「ほんと?」
「うん、だって好きだもの」

多分、私は不安だったのだと思う。ずっと一之瀬君が好きだった。嫌いな筈がなかった。だけどそれが、あの幼馴染としての「好き」に包まれていやしないかと、本当は疑っていたのだ。そしてそれは、一之瀬君も同じだったのだろう。今安心した様に笑う一之瀬君が、何だか凄く愛しく思える。

「なんだか、プロポーズされたみたい」
「そう捉えてくれていいよ」

まだ二人とも結婚は出来ないけど、と一之瀬君は照れくさそうに言う。なんだか私も段々恥ずかしくなってきてしまう。だけど、同時に胸の中で今までの不安が嘘みたいに溶けていく。きっと今、私は幸せなんだと思えた。でも、やっぱり気になってしまうから、あまり他の女の子と仲良く話したりしないでね?






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