円堂が八神玲名に出会ったのは偶然だった。自主練からの帰り道、宿舎へ向かう途中にふと懐かしい姿を見つけたのだ。だが円堂がもう二度とヒロトを「グラン」とは呼ばないように、彼女をもう「ウルビダ」と呼ぶ事がなんとなく出来ないでいる円堂はただ彼女を凝視するほかなかった。そしてそんな不躾なまでの熱烈な視線に気付いた玲名の方から円堂に声を掛けたことにより二人は漸く会話を始めたのである。

「へえ、八神玲名っていうのか!」
「そう騒ぐ事でもないだろう」
「ヒロトに用事か?」
「ヒロトと緑川に、だ」

果たしてその区切りは大事だろうか。円堂はふーん、とだけ呟いて、彼女の隣に立つヒロトの姿を想像してみた。赤と青のコントラストはひどく綺麗だったように思う。偶に少し脆く見えるヒロトは、この毅然とした彼女の強さに救われたり支えられたりしていたのだろう。そして彼女も時にヒロトに救われたり支えられたりしながら生きて来たに違いない。別に自分の目や耳で確かめた訳ではないが、何となくそう思った。そんな事をぼんやりと考えていると、宿舎の入口から中に入ろうとするヒロトの姿を見つけて、円堂はすかさず大声で彼を呼びつける。

「ヒロトー!お前にお客さんだぞー!」
「!ヒロトと緑川に、と言っただろう!?」
「…?円堂君、と、…玲名?」

最初、どこから呼ばれているのかと首を廻らしていたヒロトもすぐに手を振って招く円堂に気付いてやってくる。そしてその傍になじみ深い彼女の姿を見つけて珍しくぱちくりと目を瞬かせていた。一方の玲名はどちらかと言えば不機嫌そうで、だけど円堂はきっとこれは彼女が照れているからに違いないと意外に鋭い勘を働かせてにこにこ笑って立っているだけだった。

「玲名の用事って?」
「別にお前に用などない」
「え、でも」
「ただお日さま園のみんながお前と緑川の様子を気にしていたから、偶々用事でこちらに出てくる私が様子見と逢えたら激励の言葉でも掛けて来てくれと頼まれただけだ」
「なんだ、やっぱり会いに来てくれたんじゃないか」
「ふん」

刺々しい言い方の割に二人の会話に流れる空気がひどく穏やかな事に円堂は驚きもせずただ安心している。多分、ここで無神経にヒロトが玲名にこっちにくる用事ってなんだったのなんて聞いたら玲名の機嫌は右肩下がりだったに違いない。これは円堂の憶測だが、やはり玲名は態々ヒロトと緑川を激励する為だけに今日ここに来たのだろうから。そしてそれはヒロトもそう考えているに違いないから、円堂はあえて口には出さない。

「俺、結構頑張ってるよ」
「当然だ」
「緑川も頑張ってるし、必ず世界に行くよ。だから心配いらない」
「……。別に心配なんかしていない」
「うん。玲名が俺の事信頼してくれてるのは知ってる。他のみんなに伝えてよ」
「自惚れるなよ」
「自惚れじゃなくて事実だよ。だって俺と玲名は両想いな訳だし」
「ふん」

不服そうなリアクションとは対照的に否定の言葉を漏らしはしない彼女の態度にヒロトは慣れたように相変わらずだなあ、と笑う。そしてふと、円堂の姿が消えている事に気が付き宿舎の方に目をやれば、今丁度宿舎に入ろうとしている円堂がヒロトの視線に気付いて笑う。「ごゆっくり」そう確かに動いた円堂の口許を眺めながら、「おや、」とヒロトは目を見張る。あの世界遺産並に色恋沙汰に鈍いあの円堂が自分達に気を使って行動してくれたのだから。でも折角だから。あの円堂が気を使って二人きりにしてくれたのだから尚の事。このまま玲名を抱きしめてキスしたりしてもいいかなあ、と考える。平手打ちの一つくらいなら、今なら甘んじて受け入れられそうだ。






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