いつも通りの練習中、ふと聞えてきた「木野先輩!」と無邪気ぶった声に思わず顔が引き攣る。声がした方向を見遣れば女子同士の戯れと称して秋に引っ付いている音無春奈の姿があった。一之瀬は表面上ではいつも通りの笑顔を浮かべてその光景を見ている。全く以て彼女はさすがあの天才ゲームメーカーの妹なだけあってなかなか強かだ。まるで自分のあざとい一面を見せつけられているような気もして、若干の苦々しさを感じてしまう。多分それは音無の方も同じなのだろう。彼女の俺を見つめる瞳は大概物騒な色を孕んでいる事が多い。

「秋、ドリンクってもう無いの?」
「あれ、もうきれちゃってた?直ぐに新しいの用意するね」
「新しいドリンクならあっちのベンチに置いておきましたよ。態々木野先輩のお手を煩わせるまでもありません」
「……。それは俺が秋の手を煩わせてるって言いたいのかな?」
「まさか!でも一之瀬さんがそう思うならそうなんじゃないですか?」

本当にいい性格していると思う。ドリンクだって秋と音無がいる場所では無く離れたベンチに置くってあたりが計画的だと思う。要するにさっさと秋から離れてそれを取りに行ってグラウンドに戻れっていうメッセージな訳だ。ほぼ俺個人に向けた。多分今だって俺と音無の間にはバチバチと火花が散っているに違いない。秋にしたら音無は部活で出来た初めての女子の後輩だから可愛くて仕方ないんだろうけれど、俺からしたら可愛くもなんともない、ただの恋のライバルでしかなかった。同性だとか年下だとかそんなことは大した問題じゃない。音無が秋を好きであり、その想いの成就のための努力を惜しまない姿勢を崩さないのであればそれはそれで既に十分な脅威なのだ。表面上の取り繕った笑顔でにこにこ見つめ合いながら、内心ではお互いを牽制し合っている俺と音無を見つめる秋は幾分不思議そうな顔をして首を傾げていた。わからなくていいよ、こんな真黒な汚い争いの事なんか。

「二人って、意外に仲良しなのね」
「「そうでもない(です)よ」」

思わずハモってしまった言葉にお互いが苦い顔をする。だけどここで秋に妙な誤解を与えたくないと言う気持ちはさすがに俺と音無も一致していたから仕方がない。これ以上無意味な沈黙で場の空気を悪くする訳にも行かなかったのだから、今回は秋の天然に乾杯しておくべきなのだろう。

「秋―!ちょっと来てくれないか―!!」
「あ、円堂君!ごめんね、二人とも、ちょっと行ってくるね」
「「……」」

円堂に呼ばれた途端に、背後に花が咲いたんじゃないかってくらい表情を綻ばせて駆けていく秋を見送りながら、音無と二人言いようのない表情で顔を見合わせる。なんだろう、惨めさ倍増の組み合わせってまさに今ここにいる俺達の事をいうんだろうな、と思う。まあ、音無を可哀相だと思ったり同情したりなんかは全くしないんだけどね。

「お前ら、程々にしとけよ」

風丸が、首にタオルを引っ下げながら新しいドリンクを手にして俺達の前を通り過ぎていく。ていうか風丸。全部わかってるなら先輩として音無を注意してよ。マネージャーなのに選手から離れた位置にドリンク置き去りにしてるんだよ?しかもそれを自分で取りに行けとか言っちゃうんだよ?もしかしてもう諦めちゃってるとかそういう境地に達してしまったの?それにさっきの言葉だけど、悪いけど無理だね。俺達が秋を好きでいる限りこの衝突避けられない事だし、ましてや秋を想う気持ちに際限なんてないんだからね!






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