「ダーリン、」とじゃれた言葉に添えられる笑顔に目を伏せた。リカが恋だと信じて差し出す感情を疑った。恋を追いかける振りをして、結局恋に一生懸命になっている自分を、認めてやりたいだけなんじゃないの、と否定した。リカが嫌いな訳じゃない。好ましいと思う所も沢山あるんだ。それが恋愛的要素を排除した感情であることは確かであったけれど。それでも、俺は俺の初恋を叶えてやりたくて、リカには曖昧な笑顔を振りまいて、逃げた。だから、別にリカがいつか俺から離れていっても俺は大丈夫だと思っていたし、寧ろそれを望んでいる筈なんだ。
例えば、今みたいに、リカが豪炎寺に突っかかるように話しかけている姿を呆れて眺めている事だって出来るし、アフロディに怪我の心配をされて、笑顔で礼を述べる姿だって別に何とも思っていないよ。塔子と必殺技の確認に精を出している事だって、チームの為に良い事なんだから、もっと沢山の時間を掛けてくれて構わない。

「一之瀬君、どうしたの?ぼーっとしてるけど」
「…!いや、別になにもないよ」

秋が近付いて来ていたのに、全く気付かなかった。そういえば最近は四六時中リカが俺にひっついていて、いつも困り顔で周囲に助けを期待して視線を巡らせていたから、チームメイトの位置を把握している事が多かった。それがどうして今日はこんなに視界も気分も狭窄しているんだろう。そして直ぐに理解する。リカが俺の傍にいないからだ。「ダーリン」と俺にじゃれてこないからだ。だってリカは今塔子にじゃれつきながら綱海と話している。これも最近では有り触れた光景で、特別感じ入る事もないと思えた。

「なんか、一之瀬君って…」
「なに?」
「リカさんから目が離せないって感じね」
「……。そんなこと無いよ」

(――だって俺は秋が好きなんだから)

言える訳ない言葉を頭の中で繰り返す。一瞬、何故か言いたくないと思った。言ってはいけないと思った。それと同時に、好きな女子に他の女子を目で追ってるなんて言われて焦りもしない自分に焦る。それ程ショックを受けていない事がひどくショックに思える。そんな否定肯定の言葉を脳内で繰り返しながら、それでも目線は秋ではなくリカを追う。先程まで塔子にじゃれついていた彼女は今アフロディと何か話していて、こちらに背を向ける形で立っていた。そんな事に、何故かひどく失望する自分がいる事に気付いて、慌てて頭を振って思考を正常に戻そうとするけれど、上手くいかない。無意識に拳を握りしめていたらしく、爪が食い込んだ掌には赤い線が残る。これは重傷だ。そんな俺を秋は不思議そうに見てるけれど、それが決まり悪くて、なるべく早くここから立ち去って欲しかった。

「ダーリン!」
「!!」

意図的にリカから視線を外そうと、無意識に俯くことを選択していたらしい。いきなり降って来た声にただ驚いて、いつの間にやって来たのかわからない、けれど俺の真正面に立っていつも通り俺に呼び掛けるリカをただ凝視するしか出来ない。

「今から数人でミニゲームするんやけど、ダーリンも入らん?」
「ああ、うん、すぐ行くよ」

漸く絞り出した言葉はそっけない簡潔な返事のみ。だけどリカは茶気っぽい笑顔を浮かべて俺を急かす言葉を残して早々に背を向けて走り出してしまう。そして俺はまたそんなリカに対してなのか、それとも他の何かになのか、妙にがっかりした気持ちを抱いて立ち止まる。俺はいったいリカに何を期待して求めているんだろう。いてもいなくても変わらないって、酷いけどいない方が動きやすいくらいに、ついさっきまで思っていたじゃないか。

「一之瀬君、行かないの?」

まだ傍にいた秋はいつまでも動き出さない俺に行動を促す。そこでふと気付く。もしかして、自分はリカに腕を引かれたり、手を引っ張って行かれたり、同じチームじゃないといや、とか騒がれたり。そんな事を期待して、若しくはそれが当然だと思って待っていたんだろうか。でも、だけど、それって、そうだとしたら、ひょっとして、いや、多分。意味のない接続詞を脳内で何度繰り返したって行きつく答えは一つだけで。

「ねえ、秋。俺、リカのこと、好き、なのかな?」
「?一之瀬君、結構分かりやすいよね」

それはつまり、俺の疑問への肯定の返事であった。ああ、そうか、と。後ろに立つ秋に向けていた目線を再びリカの方に向ければ、タイミングよく俺の方を向いたリカと目が合う。リカはすぐに笑顔になって手を振りながら俺を急かす。その笑顔に、なんの偽りもない事は火を見るより明らかなのに。俺は彼女の何を疑っていたっていうんだろうね。でも、リカが恋に恋している状態であるのも、多分事実で。だけど、俺はそんなリカに本気の恋をした訳で。それなら俺は、迷うことなく、リカの心を俺の元に引き寄せる事を選ぼう。
取りあえず、今の目標はこのミニゲームでリカにカッコいい所を見せる事、あわよくば同じチームで。といった所だろうか。






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