お姫様とかマドンナとか、女の子を最上に形容する言葉はいくつか思いつくけれど、そのどれもが彼女には合わない気がして、今日も一人首を傾げる。
グラウンドに立つ玲名の目線はいつも真っ直ぐ前を射抜く。凛とした瞳はいつだってゴールを見据えて、その姿は可憐と云うより精悍だ。備わったリーダーシップは徐々に優しさを含んで温かな母性へ変わる。ランクなんて格差を捨て去った今、嘗ての力量の差をぐんぐん埋めていく仲間達に向ける視線は春の日差しの様に優しい。
そしてそんな玲名の視線や挙動に触れる度、俺の中の何かがドクンと音を立てて波打つんだ。

(――愛しい、)

人はきっとこんな気持ちを恋と呼ぶ。だけど俺はこれを愛と呼びたい。恋の様に強い衝動の儘に突き進む様な時期はとうの昔に過ぎ去った。当たり前の様に家族の様に玲名と傍に在った俺にとって、その感情は幼少期とも呼ぶべき時期に無邪気な独占欲となって現れた。だが常時傍にいれたあの頃、俺はそんな衝動には気付きもしないで玲名の隣に陣取り続けたんだ。
そして今、一度は心を離して、また近付いて。失う怖さを覚えた俺は玲名の手を握って笑うことしか出来ないんだ。

「ヒロト?」
「ごめんね玲名、何だろう、上手く言葉に出来ないんだ」

好き、愛しい。このどれもが言葉にすれば只の音にしかならない気がして酷くもどかしくて苦しい。握る玲名の手は俺より小さくて白くて細い。弱虫な俺を叱咤して手を引いてくれたあの頃とは、全てが変わってしまった様で、だけど何も変わっていない様でもあってやっぱり俺は言葉に詰まる。

「玲名が好きだよ。愛しいんだ。だから偶に息が詰まって苦しくなるよ」
「…お前はいつだって言葉足らずの臆病者だな」
「うん、そうだね」
「だがそんなお前が、私は案外嫌いではないよ」

冷静で情熱家で照れ屋な玲名のそっけない口調で呟かれる言葉が、どれだけ俺への情愛で溢れているか、自惚れ等ではなく知っているつもりだ。握り合った手が渡し合う温度が、確かに響く心音がこんなにも俺を満たして行く。

「ヒロト、一言で良いよ。私にどうして欲しいのか、言って欲しい」
「――ずっと、一緒にいたいんだ、」
「ん、私もそう思うよ」

やっぱり愛しい、喉の奥でじんわりと言葉は溶ける。玲名も何も言わない。一緒にいたい、でも一緒にいようとは言えない。だけど今握りしめたこの手を、俺はもう離したりはしないんだ。





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