映画に行こう。先日マークに掛けられた言葉。あれは確か偶然出会ったマークと近所のコーヒーショップに入って会話を楽しんでいた時の事。その時リカは目の前で涼しい顔でブラックコーヒーを飲むマークをぼんやりと眺めていた。大人だなあと思う事はなかったのだが、自分とはちょっと遠いなあとは思いながらそんな彼の顔を見ていた。そういえば、マークのチームメイトであるディランはつい先日ミーはコーヒーよりコーヒー牛乳が好きだよ!と高らかに宣言していたっけ。それまではアメリカ人はみんなコーヒー好きだと思っていたけれどそれは間違いなのだと知った。だが目の前のマークは結構な頻度でコーヒーを好んでいるのが見て取れた。人間は面白い。自分の注文したキャラメル・ラテを口に含みながら考える。
マークとこうして二人きりで会話をするのは実はそう珍しい事では無いけれどそう頻繁に起こる事態でもない。リカにとってマークは友達だがその前方には一之瀬のチームメイトという前提がある。だからといって、リカにマークと余所余所しい接触を促す程の障害でもない。だからこうして二人きりでお茶だってできる。気楽かと聞かれれば、きっと首を振るけれど。
マークがリカを誘った映画はつい先日公開されたばかりの恋愛ものだった。マークが言うには、主演の男優のファンなのだそうだ。ただ同年代の男友達を恋愛もの映画に誘うのは少し気が引けると言うか、声を掛け辛いんだそうだ。ならマークは自分を誘う事にどう感じているのか、それはわからない。ただ確かに自分は恋愛ものの映画は好きだし、チケット代は相手持ちだという好条件につられてあっさり頷いてしまった。マークは一瞬自分の返答にほっとしたような表情を見せた。
「デートみたいだな」
「おおげさやなあ」
「そうかな」
何故だか嬉しそうなマークに、リカは小さく苦笑する。そしてそんなマークの様子を、よほどこの映画が看に行きたかたのだな、という理由で片づけておいた。もしここに一之瀬やディランがいたのなら、そうではないよ、とだけリカに教えてくれたのかもしれないが。詳細は後でまたメールするから、とその時は別れた。席を立つ際にさりげなくリカの分のカップも処理してくれたりするマークに、成程、彼はきっと女子にもてるタイプの男子だろうという、それまでも何度か思った事であるが、今回もまたその認識を新たにする。

さて、もう明日がその映画を一緒に観に行く日だ。先日のやりとりを振り返って、リカは一人衣装の入ったクローゼットをひっくり返してベッドの上で唸る。自分だって女の子だ。いくら何とも想っていない男子が相手とはいえ、二人で出掛けるのだからそれなりに格好を気にしたりする。しかしそんな気遣いがいつも以上に自分を縛っている様な気がするのは多分マークが「デート」なんて言葉を遣ったりしたからだ。只でさえ自分はそういった恋愛ワードに弱いのだから。いつも結局動きやすい格好を選んでしまう自分が今第一候補としている服装は珍しくスカートだ。しかしそんなスカートを握りしめながらやはり違うな、と思う。一々着飾ったりするのは自分らしくないと思う。まあメイクはもう自分の生活サイクルの一環だから問題じゃないのだ。いつも通りに衣装をベッドの上に放り投げて眠る準備をする。多分どんな格好をしていっても、マークはきっと褒めてくれるだろうから。自惚れとかそういうものではなく、相手がマークだからと云う無意識な安心と確信がある事に、リカはまだ気付いていなくて。そしてそれがリカの憧れる恋愛の一歩目に該当すると言う事にもまだ当然気付いていない。だけど明日マークと一緒に出掛ける事を数日前よりも格段に楽しみにしている自分がいて、その事には気付いている。それで充分だ。

翌日、待ち合わせ場所に向かえば既にその場所にはマークが待っていて、リカに気付いた彼はリカの予想通りに彼女の事を褒めてくれる。その時、漸くリカは思うのだ。「ああ、なんかこれデートみたいだ、」と。





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