※冬秋冬

よく何を考えているのかわからない、と友達から言われていた。だけどそう言われる度に思っていた。私も貴方の考えている事なんかわからないわ、と。他人が他人の考えをよくわかるって、それって一体どういう状況なんだろう。それってどんな気持ちになるんだろう。そんな風にどちらかと言えば否定的な立場で他者の思考に介入することについて考えてきた。だけど今、正直少し揺らいでいる。
好きな人が出来た。初恋、なんだろうか。憧れと恋の線引きをハッキリと区切るには、私は幼すぎた。それでもこの感情は憧れなんかではないの。たとえお父さんが私の気持ちを否定したって私はそう言い切る自信があるんだもの。

「秋さん、」

読んだ名前は、少しだけ強い風に攫われて、本人の耳まで届かない。彼女は今何を考えているのかしら。私はそれを知ってどうしたいのかしら。クエスチョンマークを巻き散らす私の思考はここ最近一体何故どうしての無限ループ。そしてその中心には、優しく微笑む秋さんがいて、私は今日も視線を彼女から反らせないのだ。

「秋さん、」
「?なあに、冬花さん」

じんわり、ぽかぽか、ふんわり、この気持ちをなんと呼ぼう。秋さんが、私だけを瞳に映してその名を呼ぶその瞬間。彼女の言葉は私だけを形容している。こんな気持ちは初めて。だけどわかる。これが恋と呼ぶものだ。
女の子同士の恋って大変だ。まず想いを伝えるのに、異性に伝える以上の勇気がいる。嫌われたくないの、そんな臆病な本音はいつも私の両足を地面に縫い付けている。その間に遠ざかってしまう秋さんの背中を追うのは、私にとっては一苦労な、最早日課ともいえるサイクルだった。
だけど、女の子同士の恋って偶に感謝したくなるくらい素敵。隣に立つ事も、お喋りする事も、見つめる事も、手を繋ぐことも、きっと異性にするよりもずっと簡単に出来てしまう。「女の子同士の秘密」って、なんだかとっても魅力的な言葉だと思うの。

「冬花さん?」
「私、秋さんの事、好き、です」

珍しく二人きりのこの空間で告げた言葉は、女の子同士では些か不自然で、とても自然な言葉だった。私は、秋さんが好き。溢れて当然なくらいの気持ちは一滴も曇りないもの。

「?ありがとう、私も冬花さんのこと好きよ」
「秋さん、違う、違うの」

やっぱり、女の子同士って難しいね。簡単に言葉は紡げるけれど、言葉通りの意味を正しく伝える事が、凄く難しいの。好き、嘘じゃないの、私、秋さんに恋しています。そう言えば、今度こそ伝わるだろうか。一度口にした「好き」は何だか私の中のアクセルを一気に踏んでしまったようで、私はもう伝える事を躊躇うと言うブレーキを踏む選択肢なんて選びようがないくらいに最後の一歩を踏み出そうとしていた。

「秋さん、秋さんあのね、私――」
「ねえ冬花さん、大丈夫よ」

秋さんに恋してるの、と続く筈だった言葉は、秋さんの唇で塞がれた自身の唇の内側で飲み込まれて消える。ほんの一瞬のキスにさっきまでごちゃごちゃと言葉を並べ建てていた私の思考は一気にフリーズしてしまって、ただぽかん、と秋さんを見つめるしか出来ない。

「ちゃんと、伝わってるわ」

冬花さんの言う好きって、こういうことでしょう?と柔らかい笑顔で私の髪に触れながら言う秋さん言葉に、私はこくこく、と人形みたいに頷くことでしか答えられない。私の言葉の真意は秋さんに正しくしっかり届いていたらしい。じゃあ、秋さんのあの答えも、本物かしら。私が想像する、私にとって都合の良い真意を含んでいるのかしら。

「私も、冬花さんに恋してるの」

秋さんのこの言葉が耳に染み込んだ瞬間、今度は私から噛みつくように口付けを一つ。さっきよりもほんの少し長いそれ。そして唇が離れた瞬間、「なんだか、いけないことしてるみたいね、私達」と微笑む秋さんを見て私の思考は幸せに沈んだ。






- ナノ -