あの頃、家事なんて一切したことのなかった私の不器用さときたら今思い出しても恥ずかしさで顔をしかめてしまうほどだ。それでも、だからこそ手を抜いたことなんてなかったし、いつだって精一杯挑戦してきたつもり。
それでは果たして現在は。あの頃より大分ましにはなった筈だけれど、今一よくわからない。料理は人並みに作れる様になったけれど。未だに木野さんのおにぎりの味を思い出す度に精進しなくては、と思い直すのだ。
彼は、豪炎寺君はそれでも私の作る料理が一番好きだと言ってくれる。一番美味いと言わない彼の正直で誠実な所が、私は凄く好きなのだ。

今、リビングのソファに座りながら一人豪炎寺君の帰りを待っている。時刻は七時を少し過ぎたくらい。父の仕事を手伝う事も減り、こうして自宅にいる時間が増えた私は、一人自由な筈の時間を持て余してばかりいる。世間知らずに育った私は未だに一人で電車やバスに乗るのが億劫で仕方がなかった。そんな私を、笑いながら手を引いて色んな場所に連れていってくれた豪炎寺君。彼がいないこの部屋は酷く静か。あと数分、数十分で帰ってくる、だから逆にどうしようもない。明日から、夕飯の準備はもっと遅く始めましょう、ぼんやり考えて、そっと自分のお腹に手をやった。

「ただいま、」

玄関から聞こえた声に顔を上げ、ふとはて、玄関の鍵を掛けていなかったかしら、と考えた。もしそうなら、豪炎寺君がリビングに顔を見せる時、彼の眉は眉間に向かって寄せられていることだろう。

「夏未、鍵開いてたぞ」

「やっぱり」

不用心、豪炎寺君は私に対して殊更心配性だった。彼曰く、危なっかしくて目を離せないんだそうだ。そんなに幼い子供の様に振る舞った記憶は無いのだが、このままだと、彼は心配性が祟って倒れて仕舞うのではないかしら。

「豪炎寺君、私ママになるの」

そう言った時の、豪炎寺君の顔を、私は一生忘れない。
ああ、そういえば、私はまた彼を豪炎寺君と呼んでいた。もうとっくに、私も豪炎寺だと云うのにね。






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